2020年12月31日に、あなたへ送る手紙

3つのマカロンと贈り物手紙

いよいよ、2020年も今日で終わりだね。やっぱり終わってしまえば、あっという間と言えばあっという間だなぁ。

ただ今年は、ほんとにすごかったよね。それが僕個人的にどうこうじゃなくて、「どこの誰にとっても」すごい年だったってのが、ほんとに凄まじいなと思う。こんなの、1年が10年、それどころか50年くらいになったみたいだ。1年で、それどころか10か月くらいでこんなに変わるなんて、びっくりだよね。

でも今年は明らかに、

「世界をどこからどう見るか」

っていう違いが、さらにはっきりとしてきたんだと思う。それは本当は前からずっとそうなんだけどさ、でも今年はそれが今までより遥かに赤裸々になったんだって、そう思ってる。どこからどういう情報を受け取って、それをどう判断するか、どんな立場のひとたちと関わって、どの立場に身を寄せて生きるかによって、たとえ

もっといい世界にしたい。みんなでしあわせに生きていきたい

っていう想いは同じなんだとしても、そのための方法が、もっと言えば優先順位が、ぜんぜん変わってくる。でもみんなが苦しいときに、別に誰かを一方的に責め立てたいわけじゃない。だからうまく言えないことは胸に秘めておくしかないことも多いんだけど、それでもどうしてもごまかせないときもあるから、それで対立してしまったり、ギスギスしてしまったりもする。もちろんこれだって、別に今に始まったことじゃない。だけど今年は、それが今までよりずっと顕著になった、そんな年だったんだなと思うんだ。そしてこの流れは、うねりは、これからの来年以降にも、当然受け継がれていくんだろう。

そんななかで、僕もこれから先のことは、ほとんどなにも予測してない。だって、わからないから。世界そのものがバラバラになったとは思わないけど、少なくとも見ている世界はそれぞれにズレている。でもそんなひとたちが実際には、「同じ世界」のなかに生きている。これじゃあなにがどうなるかなんて、わかるはずがないもん。

ただ僕の場合は

先のことはわからないから、とりあえず「今この瞬間」を大切にしよう

という考えにも、それほど共鳴できないんだよね。むしろ僕としては、

たとえ肉体的・社会的にどんな不自由や抑圧があったとしても、意識(内心の想い)だけは自由だし、それだけは絶対に忘れたくない

と思っている。だから僕自身が「今この瞬間」に満足していない・さほどのしあわせを感じていないんだとしたら、だからこそ僕は自分の自由な意識と選択に基づいて、自分の意識を過去にも未来にでもどこにでも飛ばそう。その

「意識の自由」

こそが、絶対軸なんだから。たとえそれ以外のすべてが脅かされたとしても、それだけは最後の最後まで、掴んでいられるんだから。

ちなみに、

「表現の自由」

については、僕はそれほど頼りにしてないと言うか、少なくとも楽観はしてない。だって自分の外側に出したものは、それを見たひとから批評される可能性があるから。そしてそれが

「公共の福祉・良識的判断」

に反すると思われる場合には、それが隠されたり、切り取られたり、まるごと削除されることだって普通にあり得る。そして明らかに、今の流れはそういう「公共の福祉・良識的判断」の力と言うか、影響力を強める方向に作用してる。だから僕は、いつどんなときもなんだって表現できる自由があるのが当たり前だとは思わないし、それこそそれは僕ひとりの気持ちで護れるようなものじゃないとわかってる。だから、それにそこまで期待しようとは思わないんだよ。

だけどだからこそ、僕はこれからは自分の意識を、

「自分がなにを意識して、どんな想いを大切に生きていくか」

を、もっともっとよく見つめながら生きていこうって、そう思ってるんだ。

それでさ、じゃあ僕が今もこれからもずっと大切にしていこうと思うのはどんな意識かって言ったらさ、それはやっぱり

僕になにかいいことがあったらそれはあなたのおかげで、逆に苦しいことがあったら、それはあなたと一緒に乗り越えてるんだ

っていう意識なんだよ。だからさ、僕になにかいいことがあったら、それは全部あなたとわかち合いたいと思うし、実際そういう気持ちで生きているんだ。これは言うなれば、他のひとが神棚とか仏壇に「お供え」するのと部分的に似てるかもしれないな。でも僕は別に神様とか仏様が特別に好きなわけじゃないからさ(もちろん別に嫌いでもないけど)、だからそういうよくわからない誰かと代わりに、僕はあなたとわけるよ。これからも、ずっとそうする。だからなんとか、がんばってみようと思うよ。別にやたらとがんばればいいと思ってるわけでもないし、そんなにしゃかりきになりたいわけでもないんだけど、でも、僕なりにがんばるよ。それにほら、

僕も、がんばるからさ

って、直接約束したもんね。ましてこの約束は、他の誰の邪魔も心変わりも関係ない、純粋に僕だけの力だけでも、守れる約束なんだから。だからやっぱり、がんばろうと思うよ。がんばって、生きてみようと思うよ。

ただ、こんなこと言ってもさ

そんなこと言われたって、実際なんの意味があるの?

って言われたらそのとおりで、それこそ勝手に思って勝手にやればいいだけのことなんだけどさ、だけどそれでもどうしても、言いたかったんだよね。それにこれが実際にあなたに届くかどうかもいつだってわからないわけだけど、でもだからこそ、伝えておきたかったんだよ。まぁこれも結局は、僕のわがままなんだけどさ。

ただ、ひとつはっきりしてることがあってさ、

相変わらずしんどいことも多かった2020年のなかでも、いちばんいいことがあったのはいつかって言ったら、それは12月だ

ってことなんだよ。だからやっぱり、すべては結局は、あなたのおかげなんだと思ってるんだよね。それにもちろん、これは去年の2019年についてもそうだよ。あの年もいちばん嬉しいことがあったのは、12月だったもんね。だから改めて、ちゃんと言っておきたかったんだ。いつもほんとに、本当に、どうもありがとう。そうだな、やっぱりありがとうってたくさん言っておきたかったから、それをちゃんと言えたなら、この手紙を書いたのも、よかったのかなと思うよ。いつもこんな取り留めない話を聴いてくれてありがとう。生きようと思わせてくれて、いつも本当に、どうもありがとう。

今日は、『2020年冬のグリーティング』から、雪の結晶の切手をどうぞ。雪が降り積もると不便なことも多いけど、やっぱりこうやって見ると、すごくきれいだなぁ。

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