とりあえず、今はこうして生きてみる。ここから世界がどうなるのかを、直に確かめたいから

とりあえず今はこうして生きてみる日常生活

今年ももう、9月になった。新型コロナウイルス(Covid-19)が世界を本格的に揺るがし始めてからも、もう半年は経ったと言っていいと思う。僕としては、3月から4月初めの頃には

「もううちに帰ってくるかい?」。新型コロナウイルス(COVID-19)の影響は、もちろん僕にも出ている
新型コロナウイルス(COVID-19)は、日々世界を揺り動かしている。そんななかいろんなひとがそれぞれの立場から意見や報告を上げてくれているけど、僕も僕なりの立場から、ここ最近の状況を共有しておこうと思う。

というような状況にもなったけど、そこから

おかげさまでなんとかヘルパーさんが見つかりました。これからもいろいろあるだろうけど、とりあえずひと安心です
こないだ、僕はという現状を報告した。そしてその時点では、5月以降のヘルパーさんの見通しがぜんぜん立っていなかったんだけど、そこからなんとかヘルパーさんを見つけるところまで行ったので、今回はそれをあなたにも報告しておきたいと思う。...

まで落ち着いて以降、とりあえず生活の基盤には大きな問題もなく暮らすことができている。でもあれから今までにも、いろいろ考えさせられることは多かった。だからここでそれを、少し振り返ってみたいと思う。

「単純になにかを発言する」っていうのが、とても難しく感じられていた

これは本当には今とか今年に始まったことじゃないんだけど、特にこのコロナのことが拡がって以降、僕のなかでは

「単純になにかを発言する」

っていうのが、すごく難しく感じられていた。たとえばこのコロナウイルスひとつとっても、そこにはひとによって本当に、いろんな立場があり得る。それは「PCR陽性者/陰性者」とか、いわゆる「濃厚接触者」とかだけじゃなくて、たとえば

「基礎疾患保持者/非保持者」

「身内に高齢者がいるひと/いないひと」

「医療従事者やその家族」

みたいに、いくらでも細かく挙げられていくものだ。そしてだからこそ、僕がなにかを発言したときには、僕の社会的立場とか心身の状態、それに交友関係の在りかたまで、いろんな「属性」が受け取り手から多様に解釈されて色づけられる。それは別に発言の内容が

今日も1日家にいました

であろうが、

今日は久しぶりに友達と会って外食してきました

であろうが同じことだ。そしてそれは、受け取り手に様々な立場の違いがあるならなおさら、発し手の意図からいくらでも離れた解釈をされる可能性が出てくる。そのなかでは、すべての発言や行動にはある種の

「政治性・社会性・公共性……」

みたいなものが強く求められてきて、いくら本人がそう願おうが、まったくそういうのから自由な、

「素朴で、単純で、なんのことない想い」

なんてのを表現するっていうのは、本当に難しくなってきてるように、僕は感じていた。さっきも少し言ったとおり、これはたとえば

「障碍者」

という属性と自分個人の在りかたとかを考えても本質は変わらないから、その意味では別に真新しいことでもないとも言えるんだけど、でもそれが今回のコロナをきっかけにますます切実になってきているというか、厄介になっているように、僕は感じていたんだ。

「それぞれの価値観で生きればいい」なんて、もうそんな単純な話でもなくなってきてる

それでも最終的に、それぞれの人生はそれぞれのひとのものだ。だからたとえそこにどんな想いや意見の違いがあっても、究極的には

まぁ、それぞれの価値観で生きてみましょうということで

というふうに言っちゃえばそれ以上ぶつかる必要も、どちらが「正しい」かを決める必要もなかった。今までは、そうだったんだと思う。

でもそれはもう、今や確実に変わり始めてるんだと、僕は思う。それは

その価値観の差が歴然と突きつけられるうえに、その影響力が「いのちそのもの」にまで及んでいるから

だ。

 

たとえば僕の祖父母のうちの1人はまだ生きていて、今は施設に入っている。でも今回のコロナ対応で面会は基本的に禁止になったから、もうずっと会えていない。これについて僕個人的には

コロナに罹ってほしくないから面会を禁止しても、結局いつかばあちゃんは死んでしまう。だったら「コロナで死んでほしくないから死ぬまで会えない」なんてのは、どっか本末転倒なんじゃない?

と思うところもある。でももちろん、こんな僕の言いぶんが通ることはないのもわかってる。だって施設にいるのはばあちゃんだけじゃないし、そのひとたちの関係者みんなが同じ考えなわけじゃないから。だからこの場合、多数派の考えが通ることになる。まして感染症っていうのは、どこからどこまで感染が拡がるかわからないものだ。だから、それぞれが影響し合うことを考慮すると、

面会したいひとたちはして、したくないひとは控えてください

っていうわけにはいかない。どちらが「社会的に正しいか」を、決めなきゃいけないってことだ。

 

それからもうひとつ。僕がこないだ用事で出かけた帰り、いったん車に乗り込んだ僕は、それまで付けていたマスクを外して、運転手のひとが残りの用事を済ませて戻ってくるのを待っていた(厳密には「すぐ付けやすいように、顎まで下げた」)。そしたらそれから少しして、

おい、ちょっとあんた!

という声がしたんだ。最初はよくわかんなかったんだけど、どうやらちょうど2つくらい向こうの駐車スペースにいた車のなかに座っていたおじいさんが、僕に向かって声を掛けているんだと気づいた。

だからそのおじいさんに目を向けると

マスク!

って注意を受けたんだ。

僕としては、

どう考えても僕とおじいさんの間には充分な距離があるし、僕はなにか声を上げたり電話をしてたわけでもない。だからこの状況で僕がマスクをしていないからといって、このおじいさんに迷惑や被害を与えることはないと思う…。それにこのおじいさんも少なくとも今は1人で車の中にいるわけで、こんな暑いなかマスクをし続けるのは、かえって害のほうが大きいと思うんだけど……

とも思った。でももちろん、こんな場面でそんな主張をぶつけ合ってもしかたがないしますますこじれるだけだ。

だから僕は静かにマスクを戻して、それからしばらくずっとそのままにしておいたんだ。

この場合でも、僕とおじいさんはお互いの価値観を尊重し合って共存することはできなかった。それはもちろんおじいさんが僕から危険を感じてるからで、それが究極的には「いのちに関わる」と判断しているからだ。だから僕は、少なくともそのおじいさんと関わっている間は、価値観を合わせる必要があったってことなんだ。

 

これは僕自身が体験したことだけど、もちろんこんなことは今やどこでも起きていることだ。マスクしたり消毒液をかけたりしないと入ることを許されない場所もあるし、つい最近だって

マスク拒否で臨時着陸 警告書に大声、2時間遅れ―ピーチ機:時事ドットコム
北海道・釧路空港発のピーチ・アビエーション126便で、男性客がマスク着用を拒否し、大声を出すなどしたことから、安全確保のため新潟空港に臨時着陸していたことが8日、分かった。トラブルの影響で、目的地の関西空港には2時間15分遅れで到着した。

なんてことがあったばかりだ。そしてこの騒動はさらに

ピーチ、損害賠償請求も検討 マスク・トラブル巡り | FlyTeam ニュース
ピーチが運航する釧路発関空着APJ126便が2020年9月7日(月)、15時ごろ新潟空港に臨時着陸した件を巡り、損害賠償請求も検討している模様です。この事案は、マスクをしていない男性客を不安視した周り...

なんてところにまで発展した。

だからここではもはや「それぞれの選択の自由」なんていう牧歌的な概念は通用しない。その選択の自由より、「社会的正義」のほうが優先されるからだ。もちろんそれはあくまでも「社会的正義」だから、それは社会によって違ってもくる。ただいずれにせよ、その社会的正義を共有できなければ、その社会には居続けられない。そんな事態が今や確かに現れてきているんだって、僕は思うんだ。

だからこれからの世界は、もっともっと変わっていく

だからこれから「個人の判断の多様性」を「社会的正義」が塗り替えていくというのなら、これからの世界はいずれにせよ今よりもっともっと変わっていく。実際、今でも

「新しい生活様式」

なんて言葉が、普通にあるくらいだし。

ただそこでもちろんいちばん大切なのは、その変化の方向性が、結局今より全体的にいい方向なのか、それとも悪い方向なのかってことだ。そして当然それについての答えも、今はひとによってまったく違う。

これからますます窮屈で不自由な、ひどい世界への変化が加速する!

いや、たとえなにがどうなったって、未来は今よりすごくよくなるんだよ!

っていうこのそれぞれの予測・考えには、それぞれに一理あると言うか、どっちもそれなりに正しそうに思える。だから、それは結局のところ、結果が出てみないとわからない。でもおそらく、それはそこまで悠長な流れじゃない。これから5年後、あるいは1年後でさえも、そこにはまったく違った景色が拡がってるんじゃないかと、僕は思ってるんだ。

そのうえで僕はとりあえず、今はこうして生きてみる。そしてこれからの変化の結末を、この目で確かめる

だからこういう大変な過渡期には、多少の差こそあれ誰にでもそれなりのストレスがかかるものだと思うし、極端に言えば

生きてる意味がわかんなくなった

とか、

なにをやっても無駄に思える

とか、そんな気持ちだって出てくると思う。実際、

8月の自殺者 大幅増加で1800人超 コロナ影響か分析へ | NHKニュース
【NHK】8月、全国で自殺した人は合わせて1849人で、去年の同じ時期より240人以上増えたことが分かりました。国は新型コロナウイ…

なんて発表もある。これは本当に切ないし哀しいことだ。それにこれは僕にだって、まったく理解できないわけじゃないんだ。

ただそれでも僕は、この状況にそこまで絶望はしていない。絶望したいと思っていない。それに

今はこんなに価値観が分かれている状況だけど、でもだからこそ「ひとりひとりの価値観が、これまでになく大切になるとき」だ

という想いもある。だってみんなの価値観がもともと同じなら、「同じたくさんのなかのひとつ」にはそれほど価値を見出せないかもしれないけど、「それぞれにぜんぜん違うひとつ」だからこそ、それぞれは対等に貴重なんだって、そういうふうにだって言えると思うから。

それに僕は、それが結局どういうものになるにせよ、ここから世界がどういうふうに変わっていくのか、それを直に見てみたいと思ってる。だから、モヤモヤしたり閉塞感を感じたりしながらでも、なにがなんだかよくわからなくなりそうななかでも、それでもとりあえず、こうして生き続けてみようと思う。それにはっきりとした根拠があるわけじゃないんだけど、僕はこれからの未来は、意外といいものなんじゃないかと思ってるんだよね。だからなおのこと、なんとかそれを確かめてみたいと思う。うまく言葉にはできないとしても、なにをどうしたらいいかわかんないとしても、ともかく僕なりにここにいてみようと思う。だからこれからも、どうぞよろしくお願いします。あなたもどうか、お元気でいてくださいね。

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