「障害者だからといって許されると思うな」。「トイレのにおいがする」。こんなことを言う教員は、もちろんまだまだいる

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ガラスをぶち破る拳

ちょっと、このニュースを見てほしい。

大阪府教育庁は23日、府立の特別支援学校中学部で、40歳代の男性教諭が授業中、障害のある男子生徒に「障害者だからといって許されると思うな」と暴言を浴びせ、体罰をしていたと発表した。同庁は事実関係を確認のうえ、処分する。

発表によると、9月27日の授業で、介助が必要な生徒を移動させる際、教諭は痛めていた右手小指を強く握られたことに腹を立て、生徒のあごを持ちながら約2メートル移動させた。更に首の後ろをつかみ、「ぶん殴るぞ」などと言ったり、生徒の胸に両手を強く押し当てたりしたという。

 大阪府教育庁は23日、府立の特別支援学校中学部で、40歳代の男性教諭が授業中、障害のある男子生徒に「障害者だからといって許されると思うな」と暴言を浴びせ、体罰をしていたと発表した。同庁は事実関係を確認のうえ、処分する。

熊本県立の特別支援学校で、副担任の男性講師(20歳代)が今年6月から今月にかけ、中学部の男子生徒1人の肩を拳でたたいたり、テープで手を縛ったりするなどの不適切な行為を繰り返していたことがわかった。

同県教育委員会や同校によると、講師は、教室のカーテンに隠れて周りから見えない状態で生徒の肩を拳でたたいたり、生徒が座ろうとした椅子を引いて転倒させたりした。股間を握ることや、お尻を膝で蹴ることもあった。また、「なんかくさい」「トイレのにおいがする」などの暴言も浴びせたという。

 熊本県立の特別支援学校で、副担任の男性講師(20歳代)が今年6月から今月にかけ、中学部の男子生徒1人の肩を拳でたたいたり、テープで手を縛ったりするなどの不適切な行為を繰り返していたことがわかった。  同県教育委員会や同

同じ時期に、別の場所で、似たような事件が報告されていた

僕は最初のニュースをたまたまネットで見つけたとき、一緒に2つめのニュースも見つけた。だから最初は、

「関連したニュース」として、古いのが一緒に表示されたんだな

と思った。でも、そうじゃなかった。これはどっちも

「2019年10月24日」

に発表されたニュースだ。だからこれは実のところ

「同じ時期に、別の場所で、似たような事件が報告されていた」

ってことだったんだ。こうなると、1つでも充分重い話が、さらに厚みと重みを増して、そびえ立ってくる感じがした。

でもこんな話は、僕にとっても、実に「ありふれた話」だった

でも僕は、この2つのニュースに同時に触れたからと言って、特に驚きはしなかった。だってこんなのは、僕にとっても、実に

「ありふれた話」

でしかないからだ。そしてその実体験の一部は、ここであなたとも共有してきた。

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だから、こんなのは驚くべきことじゃない。ただ僕は、

やっぱりまだこんなことあるんだなぁ……でもまぁ、そうだろうなぁ……

というふうには思った。そして改めて、いろんなことを考えたんだ。

ひとりの友達は、こんな感想を伝えてくれた

それで、僕はこのニュースに触れてから、ひとりの友達にこのことを伝えてみた。ちなみにその友達は発達障碍はあるけど特別支援学校(学級)にいたことはない。でも、僕がどういう経験をしてきたか、そして僕がその結果どういう考えを保っているかは、よく知っている。そのうえでそんな友達は、僕にこんな感想を、伝えてくれたんだ。

う〜ん、そもそもどんなからだだろうが、病気だろうがさ、中学生なんてのは基本生意気の盛りだからね、なんか反発したりすることはあると思う。そんで、先生も生徒もひとりの人間じゃん?だから日頃から、溜まりに溜まってたものが爆発したんじゃないの?だったらそういう意味では、どっちの肩も持てないけどな

こうやって率直な意見を伝えてくれるのは、とてもありがたい。でもだからこそ僕も僕の考えを、ちゃんと伝えたいと思った。だから僕は、重ねてこう言った。

でもさ、そんなんじゃ教員と生徒が「対等」になっちゃってるじゃん。教員と生徒は対等か?かたや仕事としてやってて、給料も発生してて、学校が終わったら帰る家もあってプライバシーもある。でも生徒は立場上教員よりずっと下で、もしかしたら俺のときみたく寄宿舎生活なのかもしれない。まぁ、もちろん通いなのかもしれないけどさ。でももし寄宿舎なら、っていうかもし寄宿舎じゃない家なんだとしてもさ、自分だけの力で生活もできないひとに、完全なプライバシーはない。そんななかでさ、なんで対等にやり合ってるんだよって思わない?こんなの、まるで「同級生のケンカ」じゃないか?それこそ、「教員だから・指導者だからって許されると思うなよ」って話じゃない?それとも、このひとはそんなこともまったく気づかないのかね?どこに出ても問題になんかなるはずないって、そう思い込んでたのかね?

そしたら友達は、

まぁ、親だろうが先生だろうが、人間だからさ。そんで人間なんて、そう信用できるものでもないし、そう強くもないって思ってるから。だからその辺で、意見の違いが出るんだろうと思うけどね。でもともかく、これはいいことではないわな。それは間違いない。だからどっかまずいことをしてるということくらいは、わかってたと思うけどね。けどまぁ、カッとなったんだろうけど

って返したうえで、

でもさ、「痛めていた右手小指を強く握られた」っていうんだったら、そりゃムカつくんじゃないの?

って言ってきた。だから僕も

でもさ、独りで移動できない子の移動中だろ?そんなとき、自分の意志とは関係なく力入ったり、からだ動いちゃったりすることはあると思うよ。俺だってそうなるの見てるじゃん。だったらそれを故意とは断定できないし、そう思い込むべきでもないし、「そんな微妙な、怖い動作」の最中に、「相手の小指を狙って握る」なんて、まずないと思うけどね。まぁもちろんその子のからだの状態がはっきりとはわかんないから、俺も断言はできないんだけど。でも日頃からその子を見てる教員なら、そのくらいわかるだろ?それでキレて、あろうことか「あごを持ちながら約2メートル移動させた」って、そんなのどう考えたってさ、やりすぎだろ?

って言ったら、友達は

まぁ、先生もその子のこと気に入らなかったんじゃない?そんなもんだろ、人間なんだから。よっぽど愛情を持って接してない限り、ちょっとしたことでも、腹を立てちゃうもんなんだって

なんて言って、そんなこんなで、友達との会話は、終わったんだ。

ただいずれにしても、「極度の閉鎖環境」であることは、大きな問題だと思う

こんなふうに、この2つの事件にはいろいろな要素があって、それをどう捉えるのかによって、いろんな意見が出てくる余地は当然あると思う。

ただいずれにしても、僕としては

「特別支援学校というこの場所が、『極度の閉鎖環境』である」

ということは、まずひとつ大きな問題だと思う。

っていうのも、僕と友達との会話でもひとつ意見が一致したのは

「この教員にも、『自分のしてることは少なからず悪いことだ』という自覚はあっただろう」

ってことだ。でもそれなら、なんでそんなことを、しかも授業中に、大勢のひとの目の前で、やってしまったんだろう?それはきっと

こいつらは、なにかしでかしてもそれが「度が過ぎたこと」だとは判断できないだろうし、仮にそう思ったとしても、それを「告発する・訴える・そしてその事実を証明する」ことはできないだろう

って、高を括ってたからじゃないかと思う。だって、一般的な中学校や高校なんかでこんなことをしたら、それがいいか悪いかは別として、たとえば

「YouTubeに上げられる・SNSで拡散される・録音・録画される」

なんてことは充分にあり得ると思う。でも、特別支援学校では、それは相当難しい。だって僕は特別支援学校にいた高校時代、携帯電話とかいろんなゲーム機・デジタル機器は、基本没収(事務所預け)になってたからね。それに仮にそんな機器が手元にあったって、それをブレずに録画したり、ちいさなスイッチを押して録音したり、相手に気づかれないでアップしたりすることは、

「物理的・肉体的・身体機能的に無理」

なんだ。まして、自分で移動したりすることすら難しかったらしい今回の子たちにも、クラスメイトにも、きっと無理だっただろうと思う。だからそういったあらゆる要素も含めて、特別支援学校っていうのは、

「極度の閉鎖環境」

なんだ。僕はそこが、最大の問題なんだと思う。そしてそのような環境では、教員は生徒に、ありとあらゆる

「報復」

をすることもできる。それこそ「指導」にかこつけて、誰にも文句を言わせないまま、いろんな「いじめ」をすることもできる。もちろん、訴えた先がこっちの言い分を信じてくれて、すぐに相手を罰してくれたら、自分から遠ざけてくれたら、そうはならない。でも、そうなる保証がどこにある?もしそうならなかったら、自分がトイレでも、着替えでも、いろいろな場面でからだをまるごと預けないといけない相手に、なにをされると思う?

だからそんな状況で、そんな圧倒的に不利な状況で、声を上げて状況を改善しようとするなんて、まさに捨て身の気持ちでもない限り無理だと思うし、たかが10歳ちょっとのこどもたちがそんな覚悟を持つなんてほとんどあり得ないと思う。

そしてそんなことを、たとえ無意識にであっても、教員も知っている・気づいていることだと思う。だからこんなことが、こんなひどいことが、未だに、この日本で、いくらでも起きるってことなんだ。僕は、そう思ってる。

だから僕は、「特別支援学校廃止・統合論者」なんだ。すべてを、開いていくしかないから

そういう理由で、僕はずっと

「特別支援学校廃止・統合論者」

なんだ。僕は、「特別支援学級」があることはいいと思う。教員の数も減らすことなく、そのままくっつけたらいいと思う。だって実際に、いろんな労力はかかるんだから。でもせめて、建物(学校)は他のひとと一緒にしよう。社会そのものがそうであるのと同じように、だからこそ様々なこどもたちを、互いの目に触れるところに置こう。そういう考えなんだ。でもこういうことを言うと

障碍児のケアには専門知識が必要なんだから、誰にでも開いたらいけないんだよ!

なんて言われることも多いんだ。でもこの2つのニュースを見たうえで、僕は改めて問いたい。

このひとたちのどこに、「専門知識」が見て取れるの?

って。

特別支援学校だからこそ、最適な環境のなかで、専門の先生から、教育を受けることが受けられる

なんていうのは、幻想だ。実態に即してはいない。っていうかそもそも、実態を知っているひとが少なすぎる。だからこんなニュースにしたって、日々のニュースに埋もれていくだろう。少なくとも

「神戸市立東須磨小学校」

の問題よりも、注目されることはないだろう。でも僕は知ってる。特別支援学校でも、同じように教員同士のいじめはあった。僕たちに優しくしてくれようとしたひと、僕が風邪を引いたときに野菜生活のジュースをくれた寄宿舎指導員さんが

甘やかすな!それにお前のしてることはひいきだろ!

なんて怒鳴られていたことを見ている。そしてそのあと、そのひとがどんどん周りの指導員たちから除け者にされていったのを知っているんだ。

だから普通学校であることのすべては、むしろそれ以上にひどいことは、特別支援学校でも起き得る。でもそのことは、共有されていない。みんなに訊いてみたらいい。時代が違っても、場所が違っても、こんなことがあるなんてのは多かれ少なかれ、僕たちはみんな知っている。でも、「外のひと」は知らないんだ。こんな当たり前のことなのに、それは、当たり前じゃないんだ。

僕はそれに怒っているというよりも、それよりもずっと、哀しく思っている。だからこんなことを、こんな気持ちで、ここに書いてるんだ。

これは「学校」だけの問題じゃない。「寄宿舎」でも「施設」でも起きる。そこに「断絶」がある限り、いくらでも起こり得る

ただもちろん僕は、教員にも寄宿舎指導員にも、いいひとがいることも知っている。だから本当は、

こんなことをするのは、一部の歪んだひとたちだけで、ほとんどのひとは素晴らしいひとたちです

と言えたらいいと思う。それに現場の教員や指導員の環境がどんどん余裕がなくなっていて、だからこそこんなことが起きてるんだとも思う。それも、確かにそのとおりなんだろう。

でもそれでも一方では、

こんなことは氷山の一角にすぎなくて、実際にはこの数倍、数百倍、数万倍の事例がある。だからこんなことは、これからもいくらでも出てくる

という確信がある。

だからこの際、どんどん出てきたらいい。そうしないと変わらないから。それにこれは「学校」だけの問題じゃない。「寄宿舎」でも「施設」でも起きる。そこに「断絶」がある限り、いくらでも起こり得る。

相模原の殺傷事件はどこで起きたんだった?

みんな一緒に混ぜると混乱が起きるし効果的じゃないから、誰にとってもいいことはない

って言って分けた結果、その「断絶された空間」で、「特別に整備されたはずの場所」で、いったいなにがあったんだった?

だから僕は、この「断絶」がある限り、根本的にはなにも解決しないと思う。だってそこには

「いいことと思い込まされた、とてつもない勘違い」

が潜んでいるからだ。少なくとも、僕にはずっとそう見えている。だから僕も、そう感じる僕なりの視点から考え続けて、僕なりに伝えていきたいと思う。そしてあなたも力を貸してくれたら、一緒に考えてくれたら、本当に本当に、嬉しく思う。

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