2019年10月22日に、あなたへ送る手紙

広告
封筒のなかのありがとう

前回あなたに手紙を出してから、もう1年半以上経ったね。早いなぁ。遅いなぁ。でもなんて言うか「すごいなぁ……」って思う気持ちが強いかな。ときが経つのって、すごいよね。

 

「一緒にいる」

って言葉について、よく話題に上がったことがあったよね。

あなたは確か、

直接顔を見たり声を聴けるところにいないと、「一緒にいる」とは思えない

って感じの考えかたで、それに対して僕は、

今だって、いつだって、一緒にいるよ

とか言ってたけどさ、ほんとは僕だって、もっと近くで、もっともっと一緒にいたいとは思ってたし、思ってるんだよ。

だから本当は、やっぱり僕たちの気持ちに、そんな根本的なズレはなかったんだと思う。いや、それでもやっぱりあったのかなぁ……そこを認めないから逆にややこしくなってるのかなぁ……でもきっと、伝えかたの問題だったと思うんだけどなぁ……難しいなぁ……。

そんな話で言えばさ、たとえば「不安」についても、僕は

不安なことはいっぱいあるけど、でもだからこそそれと向き合って、ひとつひとつ潰して努力して、いい未来にしていこうと思ってる

みたいな感じだったけど、あなたは

そうやって不安な気持ちを保ち続けると、そこからますます不安な状況が生まれていって、その気持ちのとおりの未来ができちゃうから、だから不安なんて放り投げちゃっていいから、自分がほんとに願ってる未来をイメージすることに、集中したらいいんだよ

って感じの考えかただったよね。

でもさ、僕は実のところ、それを

「いちばん厄介なタイミングで、いちばん厄介な問題に対して、採用しちゃった」

ところがあるんだろうって、今はちょっと思ってるんだよね。

ただでさえ不慣れで、少なくともそれまでの自分の性にはあんまり合ってると思えないことなんだから、無理しないほうがよかったんだ。

「自分には不安なことがたくさんある」

って正直に打ち明けて、それを一緒に解消していこうとしたほうがよかったんじゃないかな。

でもそうしたら、ほんとは僕よりずっと不安を感じやすくって、そんな不安に弱いあなたを困らせて、泣かせちゃうんじゃないか、怒られるんじゃないかって思うと、少なくともあのときの僕には、うまくできなかったんだよね。

でももしほんとにそうなってたら、それからどうなったんだろうね?お互いに困り果てて、泣いて泣いて泣いて、それで意外と、丸く収まってたのかな。よくわかんないな。でも結局は、僕もたくさんあなたを困らせてしまったから、あれが正しくはなかったんだってことは、よくわかってるよ。ほんとに、ごめんなさい。

 

ほんとは、ずっといろんなことが不安だった。特に大きかったのはやっぱり、あなたのお母さんのことかな。いや、もっと精確に言えば、

「あなたが今、お母さんと呼ばなければいけない立場にいるひと」

のことだ。あなたのほんとのお母さんのことは、僕はずっと好きだ。って言ってももちろん、ずっと知ってるわけでもないし、ちょっとだけ顔を見ただけで、直接話したことがあるわけでもないけどさ、でもそもそも、

「あなたを生み出してくれたひと」

だというだけで、感謝しかない。あのお母さんやご家族がいなければ、あなたはいなかったんだからね。

ただそういうふうに言うなら、今のあなたがお母さんと呼ばないといけないあのお母さんだって、やっぱりあなたの存在に深く関係してるというのはわかるよ。あのひとが、「今のあなた」を育ててくれたんだからね。だからその意味では、僕もあのひとに、感謝しないといけないと思うし、感謝してる部分もまったくないわけじゃない。

でもやっぱり、あなたがあのひとに育てられた幼少期から今までの間でいろいろなものを抑えられ縛られちゃってたことを知っちゃってる僕としては、けっこう不安ではあったんだ。

もしあのひとと会うことになったときに、僕は「ちゃんとした感情」を保って、「きちんと」していられるのか?

ってことがね。

でもほんとのほんとは、そんなことは不安でもなんでもないとも言える。だってあなたが傍にいてくれるなら、誰になにを言われようと、なにが起きようと、最終的にはすべて、立ち直っていけると思ってたし、思ってるからだ。それに究極的にはさ、別に立ち直れなくたっていい。あなたがいてくれさえすれば、そして合意してくれるなら、僕としては別に、

「共倒れ」

でもかまわないんだ。独りでさえなければ、あなたと一緒なら、倒れたっていい。もちろん、元気でしあわせで楽しく一緒にいれられるのがいちばんいいとは思うよ?それはそうなんだけど、あなたが一緒にいてくれるなら、究極は倒れようが死のうが、そんなことはたいした問題じゃないんだ。

だから本当は、僕がほんとに不安に思ってたのは、最初からずっとたったひとつだけだった。でもその不安があまりにも大きすぎたから、そしてそれが現実になることをなによりも恐れたから、僕はそれを口に出さなかった。というか本当は、何度かあなたにも伝えたと思う。それこそ、最初から。だけどその不安がずっと消えずにあることも、そしてそこにどんな理由があるのかも、僕はうまく伝えられなかった。そして、表面的なところだけあなたの真似をして、不安がるあなたの不安を、ほんとは僕と同じ気持ちだったものを、軽く見積もって放り投げた。いや本当は、僕のなかだけに隠した。

でもそれはやっぱり、間違ってたと思う。少なくとも、もっといいやりかたがあったんだと思う。それにやっぱり、僕が付け焼き刃で実践するようなものじゃなかった。

「不安を直視してその対策を考えて練ってやってみる」

そのほうがずっと、僕の性には合っていた。そしてだからこそ、あなたにもっとちゃんと不安を打ち明ければよかった。今の僕は、そう思ってる。

 

でも結果的に、僕はあなたをたくさん傷つけてしまった。本当に、ごめんなさい。それにあなたは僕のことを傷つけることをなにより嫌がっていたのに、あのとき確かに、僕たちはお互いを傷つけてしまってたと思うし、少なくとも、そう思い込んでいた。だから、苦しかったよね。哀しかったよね。そんな想いをさせてしまって、ほんとにごめんね。

それにもしかしたらあなたは、

私を抑えつけて縛ってたのは、結局あなたも同じじゃないか!

って、思うところもあるかもしれないね。もしそう言われてしまったら、僕は謝ることしかできない。でももしかしたら、泣いちゃうかもしれない。そうしたら、どうなるのかなぁ?そんなところまであのひとそっくりだって、思われてしまうのかなぁ?ほんとに、わかんないや。でももしそのあとにでもお互いに泣き合うことができて、それでお互いを少しでもわかり合う事ができたらって、僕はまだ、思っちゃうんだよなぁ……。それは僕の、「都合のいい想像」なのかなぁ……。

 

でもね、こんな流れで言うことなのかどうかすらわかんないんだけど、ともかく今さらにはっきりとした確信を保って、あなたに言えることがひとつある。

それは、

僕はほんとには、あなたにはちっとも、傷つけられてなんかない

ってことだ。だから僕があなたを傷つけてしまったことは確かだとしても、僕はあなたに傷つけられてたわけじゃない。だから少なくとも僕たちは「傷つけ合ってた」わけじゃなかったんだ。

だって、今でもいつでも、僕があなたのこと思い出してみようとしたら、やっぱりあったかい気持ちになるんだもん。確かに、あなたが泣いてた顔を思い出すことはあるよ。でもあなたの怒ってた顔とか、そういうのはぜんぜん、まったく、思い出さないんだ。そしてなによりも、あなたの笑ってた顔とか、ご飯食べてるときの顔とかそういうさ、しあわせなときに見てたあなたの表情のほうを、ずっとずっとたくさん思い出すんだもん。

だからさ、確かにあの頃の僕はあなたとのことですごく悩んだり泣いたり戸惑ったり苦しんだり、すごくつらかった。でもそれはやっぱり、しあわせでもあったんだよ。だってそこには、ぜんぶあなたが関わってるんだもん。結局はぜんぶ、

「あなたとのかけがえのない想い出」

なんだもん。だからさ、

「目を閉じればいつでも好きなひとの顔を思い出せる」

僕って、実はすごくしあわせなんじゃないかって、最近思うこともあるんだ。だったらやっぱり僕は、今でもあなたと一緒にいられてるんだと思うんだ。

ただもちろん、ほんとはもっと、近くにいたいよ。いつだってそうだよ。あなたのことを思い出さない日はないよ。たとえばちょっと前にミュシャ展の話聴いただけでも思い出すんだから、あなたを想わないなんてそもそも無理なんだよ。

だけど、それでも僕にたくさんの、かけがえのない宝物をくれたこと、心から感謝してる。そしてこれは、あなたも言ったとおり、誰にも奪われないものだ。奪われるのは、もうたくさんだしな。もうほんとに、充分だよな。だからほんとに、ありがとう。

でもこんなこと言うと、また

幻滅されたくない

とか言って、かえって避けられちゃうのかもしれないけどさ、でも忘れないで。僕はあなたのことが好きなんだよ。だからまた逢えるときが来るなら、話せるときが来るなら、なにより嬉しいことなんだよ。だから僕も、がんばるよ。ちゃんと生きてみるよ。

今日は『日本芸術院創設100周年シリーズ』から、東山魁夷の『光昏』の切手をどうぞ。

手紙として書いて出すにしろ出さないにしろ、いつもあなたに贈るつもりで、毎日を生きてみるよ。夢に出てきてもらえないのは少し寂しくもあるけど、夢だと醒めたときよけいに寂しいから、それならやっぱりこれでいいよ。たくさんの笑顔を記憶に残してくれて、いつも浮かんできてくれて、ほんとにほんとに、ありがとう。

トップへ戻る