一緒にいようとしているひとに「別れたほうがいい」と言う意味。僕の「好き」の責任は、僕が取る

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5人のカラフルな女性たち

こないだ、こんな文章を書いた。

僕を医学的に評価したときにいちばん大きな要素は、「脳性麻痺」で間違いないと思う。でもこの脳性麻痺というのは、大なり小なりアスペルガー症候群と...

これは、ネットで見つけた

に対する僕の感想を書いたものなんだけど、この題材の文章自体も、それに対する感想を書いたことも、僕にとってすごく大きな意味があったと思う。そして僕はあのあともいろんなことを考えていたんだけど、そのなかで大きな「違和感」があることに気づいた。だから今回はその違和感の出処を見つけたところから、もう少し、僕の気持ちを掘り下げてみようと思う。

「別れたほうがいい」という意見が、たくさん表明されていた

こないだも言ったとおり、この文章はたくさんのひとに読まれていて、感想もたくさん寄せられている。そのなかで、僕が違和感を持った原因を探っていくと、それはその感想のなかに

別れたほうがいい

っていうものが、けっこうたくさんあったからだと気づいた。たとえば、こんなふうに。

こんにちは。アスペルガー症候群と診断されている者です。

私も彼のような形ではありませんが、周りが見えない、自分のルーチンを外れると集中が切れるなどの体験をしております。

(中略)

私も具体的な指示がないと身の回りのことが何もできませんが、たとえしつこくても親や上司に次の作業を聞きに行きます。

彼は「君の都合で振り回されたくない」と言いますが、私には「彼の都合だけであなたの都合を振り回している」ようにしか見えません。

映画のやり取りもそう。「他人に自分がどう思われようが」以前に、「他人の気持ちが害される」こと、「他人の都合に迷惑がかかる」ことに頓着がありません。

社会で生きて行くことにあたっての、彼自身の努力が感じられない。

気分を害するでしょうが、私の正直な感想を申し上げます。別れた方がいい。

「愛している」だけでは、恋愛と共同生活は決して続きません。どちらかが原因で双方が不幸になっても、二人で協力して這い上がれる関係が夫婦。

しかし、この記事を読む限り、彼はyuzukaさんがいなくなっても何も困りそうにないし、yuzukaさんは心身共に傷つけられているのに彼への愛だけでかろうじて恋人という関係を維持しているように見受けられます。

これは、駄目だ。恋人同士の関係として不健全そのものです。

いずれ、彼は自分の都合で他者を押しのけて大きなトラブルを起こすでしょう。その時、yuzukaさんは「彼はアスペルガーだ」「こういう特性なんだ」というレッテルと、「彼を愛している」という意識だけで彼をかばい、守ることができますか?

逆に彼は、あなたの逐一の指示があっても、あなたに更なるトラブルがあった時、あなたを助けるでしょうか?

彼はyuzukaさんにとって必要な存在ですか?yuzukaさんは彼にとって必要な存在ですか?

もう一度、考えてみてください。

全力で逃げて下さいといいたいです。自分の心が痛んでいます、平気なふりを隠しても大きくあとで陰を落としてきます。

自分の態度を全く反省せずに悪ぶりもしないであなたのせいにする、病気の時もですよ。いつかあなたの精神に支障を来すときが来ます。結婚をするくらいならなんとかなるでしょう。子供ができたら、殺意しか浮かびません。

今なら間に合います。自分を大切にしてください。後に絶対後悔します。

アスペルガーの夫と話し合いが全くできずに自分で離婚調停を起こしてなんと逃げたシングルマザーより。

こういうコメントに、僕が大きな違和感を覚えた理由を考えていくと、結局は、

本人たちが一緒にいようとしているのに、それに向かって「別れたほうがいい」なんて、どうして言えるの?その言葉の意味を、ほんとによく考えてるの?

っていう気持ちがあるからなんだと、自分で気がついたんだ。

「相手の立場や気持ちを考えて寄り添う」のが共感なんだって、僕もそう言われたよ?

僕や彼のようにアスペルガー的傾向を持っているひとは、周りから

共感能力が低い。共感してくれない。共感してくれてるように見えない

なんて言われることが多い。実際彼も、彼女さんからそう思われている。

じゃあその「共感する」っていうのはなんなのかって言うと、

共感するっていうのは、「相手の立場や気持ちを考えて寄り添う」ってことだよ

っていうふうによく言われる。もちろん、僕もそう言われてきた。

でもさ、そういう目線から見たら、あの文章にああいう感想を感じたり直接書いたりしているひとは、彼女に共感しているって、言えるのかなぁ?

そもそも彼女は、文章の最後に、

自分の気持ちも無視せず、彼の心にも寄り添いながら。

私達は私達なりの答えを、見つけていこうと思う。

それはとっても難しいことだけど、

私は彼を、彼は私を、ちゃんと愛しているから。

って書いている。だから、彼女は彼と一緒にいたいと思っているし、だから一緒にいようとしている。そしてそれはもちろん、いろんな葛藤や、苦悩を感じたうえでだ。だから、その気持ちに共感するっていうのは、

そっか、いろいろ大変だったよね。でも、だからこそ、あなたは彼と一緒にいたいんだよね。僕も、応援してるからね

って、言ってあげることなんじゃないかと、僕は思う。そして今「言ってあげる」って書いたけど、これは僕のお世辞でも無理した言葉でもなんでもなく、素直な気持ちなんだ。

それになにより彼女は、この文章で

「恋愛相談」

をしているわけじゃない。ただ彼女は

私はこんな悩みを抱えていたけど、今のところこうやって乗り越えて、こんな結論を出しました。だからもしこの体験がなにかあなたの力にもなれるなら、どうか参考にしてください

っていう意味で、この文章を書いたんだと、僕は思っている。そして僕はある意味では、これは

「のろけ話」

だとも思っている。ただ僕はその文章を読んで、いろんなことを考えたし、今は乗り越えたとは言え、好きなひととの間にそんなことが起きるのは哀しいから、もう同じことを同じように繰り返さなくて済むように、僕なりの気持ちを書いたんだ。だからそれも大切だったとは思う。でも一方で

結局は、あなたも彼も深く愛し合ってるってことでしょう?よかったよかった。だからこれからも、どうぞおしあわせに

って言うだけでもいいっちゃいいと思うんだ。だってこれはほんとは、のろけ話なんだもん。

これが、僕の印象と、それに基づく僕の立場だ。だからこそ僕はこれに

別れたほうがいい

っていうコメントを残すひとがたくさんいることに、強い違和感を持ったんだ。

そんなものは「共感能力」なんかじゃなくて、ただの「環境(多数派の意見)との一致度の高さ」なんじゃないの?

さっきも言ったとおり、僕のようなアスペルガー的傾向の強いひとは、周りから

あなたには、共感や配慮が欠けている

なんて言われることが多い。それは逆に言えば、

「普通のひと」は、あなたよりもっと共感能力を持っている

ということなんだと思う。だけど僕はこういうコメントの状況を見て、ある部分でこの意見に強い違和感を持つようになった。だってもし、このひとたちが、

自分だったらこんなひとと一緒にいないし、いたいと思わない。少なくとも、人生のパートナーには絶対に選ばない。だからあなたも、別れたほうがいい

なんて思って、それを変だとも思わずに書けるんだったら、そんなひとが

「高い共感能力を持っている」

とは、どうしても思えない。

でも私たちは、あなたのように周りを傷つけたり、困らせたり、迷惑をかけたりしない!

って、言われるかもしれない。確かにそうなのかもしれない。

だけどそれは、そのひとたちが高い共感能力を持っているからなんだろうか?それは、ほんとはただ、自分と周りの多数派のひとたちが、感受性・言葉遣い・感情表現・価値観・目標・優先順位……において、共通する要素・土壌・文脈をたくさん共有していたから、うまく行きやすかったっていう、それだけのことなのかもしれないって、思ったらおかしいかなぁ?

僕はほんとの「共感能力」っていうのは、

「自分と違う感受性・言葉遣い・感情表現・価値観・目標・優先順位……を持っているひととも、排除し合わずに、一緒に生きていける能力」

のことなんだと思ってる。そして、僕自身がそんな能力をもっともっと身につけたいと思ってる。そしてみんなだって、

共感するっていうのは、「相手の立場や気持ちを考えて寄り添う」ってことだよ

って言う。僕もそれは、素晴らしいと思う。だけどもし、もしそれが

「ほんとはただ、自分の立場と相手の立場が近かったから、寄り添えた」

というだけのことなのだとしたら、それを

私のほうがあなたよりも、相手に共感できる能力が高いからだよ

っていうのは、やっぱり少し、ずるいと思う。

「自分の意見」を「みんなの意見」にできること、そしてそれが嘘ではないこと。これが多数派の持つすさまじい武器だ

僕は最初に、あの文章に寄せられるある種の感想に、

「強い違和感」

を持ったと書いた。でもそれは、もっと言えば、

「怒り」

にも似た感情なんだと思う。そして多くの怒りがそうであるように、この怒りも間違いなく、哀しみから来ている。

僕はもしこういうコメントが、

私だったら、そんなひととは一緒にいられませんね

僕の彼女がそういうひとだったら、別れて違うひとを探すかもしれませんね

っていうものだったら、別に違和感を持つこともない。ましてや、怒ったり泣いたりなんかしない。

実際、こないだも紹介した

の筆者さんは、

ちなみに私は、絶対別れます。こんな面倒くさい男、殺すも何も、関わりません。

って「自分の意見」を書いたうえで、

ASD当事者として思うことです。

ASDはやっぱりヘンテコな性質が多少はあるので、それが受け入れられないのなら、別れたほうがいいです。OKなら続いていけるんじゃないでしょうか。

っていうふうにまとめている。これなら、別に傷つくこともない。嫌でも哀しくもない。

だけど僕が引っかかったのは、そういうのじゃないんだ。少なくない数のひとたちが、

別れたほうがいい

今のままだと必ず後悔しますよ

っていうふうに言っていることが、怒りや哀しみを湧かせるものなんだ。そこには、多数派のすさまじい武器が振るわれている。そしてそのことに、使用者本人がほとんど無自覚であること。それが、怖いんだ。

共依存ですね

って、お互いに寄りかかることもできずに、いなくなっても自分が欠けたとも思えないひとと、一緒にいたいと思わないよ。

なんでそんなに苦しんだのに一緒にいられるんですか?

って、一緒に苦しみをわかち合うから、絆が深まるんだよ。苦しみをわかち合えることは、喜びをわかち合うこと以上に、すごいことなんだよ。

だから「アドバイス」とか「病名」とか、こうしたほうがいい(それが普通だ)とか「疑問形」とかで、

「自分自身の意見として言うこと」

から、うまく逃げないでほしいよ。

「自分の意見」を「みんなの意見」にできること、そしてそれが嘘ではないこと。これが多数派の持つ武器だ。それも、圧倒的にすさまじい武器だ。だけどそれをほとんど最初から、多くの局面で持つことを許されてきたひとたちには、その力が理解されてない。だから、怖いんだ。

みんな、こう言ってるよ

あなたは、普通じゃない

こう言われたときの恐ろしさは、慣れることができない。そしてやっぱり、ずるいとも思う。

私は、こう思う

私には、理解できない

これならまだ、受け止められるのに。これならもっと、話し合えるのに。だけどこのひとたちの言ってることは、別に「嘘」というわけでもない。実際にあなたの後ろには、たくさんのひとがいるんだろう。だけどその力は、そんなに振るわないでほしい。少なくとも無自覚には、振るわないでほしい。それができるのは、ほんとは、ずるいことなんだから。

自分の「好き」な気持ちは大切で強いものだ。だからこそ、その責任は自分のものだし、そうでなきゃいけないと思う

そしてここまで考えて、想いを整理してきて改めて気づいたことがある。僕がどうして、ああいうコメントに違和感を、怒りを、哀しみを感じたのか、その理由は、僕が強くこう思ってるからなんだ。それは

「好き」という気持ちは大切で強いものだ。だからこそ、その「責任」は自分で取るし、そうじゃなきゃいけないものだ

っていう、気持ちなんだ。

なにかを好きになるっていうのは、すごいことだと思う。もちろんその対象が、植物でも、アニメキャラでも、虫でも皿でも水墨画でもなんでもそうだ。でもやっぱり、いちばんすごいのは、誰かがひととして、ひとを好きになることだと、僕は思ってる。

だからこそ、その「好き」は、自分のものだ。だからこそ、自分で責任を取るべきだし、そうじゃなきゃいけない。

みんなが好きだって言ってたから、好きになった

あのひとが好きみたいだから、好きになった

なんていうものじゃない。いやもちろん、そのすべてが悪いわけじゃないと思う。だけどもしそれが

みんなが嫌いだって言ったから、嫌いになった

あのひとが嫌いだって言ったから、私も嫌いになった

というようなものなら、それはもともとあなたの「好き」じゃない。だからそんなものは、偽物だ。

僕は、自分が好きなものに、自分で責任を持ちたいと思うし、持っているし、持ち続ける。僕があなたを好きだというのは、僕があなたを好きだからだ。この気持ちは他の誰でもない。僕のものだ。だから、誰があなたを嫌おうが、僕はあなたを嫌わない。だって僕が、好きなんだから。

これが、「好き」の意味だと、僕は思ってる。だからこそ、好きになることは、すごいんだ。この感覚は、あなたには、共感できないものなのかなぁ?

「別れたほうがいい」なんてそんなこと、僕にはとても言えない

だから、僕は誰にも、別れたほうがいいなんて、とても言えないんだ。だってもし僕がそんなことを言って、実際にそれが引き金になって誰かが別れたら、僕はそんな責任なんて、負えたもんじゃないから。

それに、誰にだって必ずいいところはある。だからこそ一緒にいるんだし、だからこそ、別れたら必ず哀しくなる。だって、そのひとと同じひとはどこにもいないし、誰も

「誰かの代わり」

として存在してるわけじゃないんだから。

誰かと一緒に人生を歩むことは、人生を変える。だから、誰かと別れることも、必ず人生を変える。それが身近で、大切で、たくさんのものをわかち合ったひとならなおさらだ。だから、その選択は、自分の責任でだけするべきだ。

お前が別れたほうがいいって言ったから別れたんだ!

なんて、誰にも言われたくない。もちろん、誰にも言いたくない。たとえ別れなきゃいけなくなったとしても、それは僕が、僕と相手が、決めることだ。好きになったことに、好き合えたことに、責任を持ちたいし、持たなきゃいけないから。僕は、そう思ってる。

ただそれでももし、今までそんな経験はないし、これからもないだろうけどもし、僕の友達が

このひとと別れようか迷ってるんだけど……

なんて言ってくることがあったら、僕なら

別れるっていう道もあると思う。でもそれと同じように、一緒にいるって道もあると思う。そしてそれは、相手と自分のことを、そしてふたりの関係をいちばんよく知る、あなた自身が決めることだと思う。でもいずれにせよ、あなたが誰と一緒にいようが離れようが、僕は僕として、変わらずあなたの友達だよ

って言う。心を込めて伝える。これが、僕の気持ちだから。そしてそれ以上は、言うべきじゃないと、僕は思ってる。

みんなと自分の好きなひとが違うっていうのは、しあわせなことなんじゃないの?

それに僕としては、そもそも

みんなと自分の好きなひとが違うっていうのは、しあわせなことなんじゃないの?

と思ってる。これが「音楽」とか「映画」とかみたいな趣味なら、別にいいんだ。でもひとの場合は、そうはいかない。少なくとも、同じひととまったく同じ関係には、誰もなれない。完全に厳密な意味では、誰とも「共有」できない。逆に僕が

僕はこのひとのことが好きなんだ

と言ったときに、もし相手が

気が合うね!おんなじおんなじ!

なんて言ってきたら、だいぶ困る。かなり警戒する。挙動不審になる。だから相手には

そうなの?あんまり理解できないけどなぁ……

と思われるくらいでもいい。そのおかげで、世界は調和できる可能性を持ってるんだ。あなたと同じ歌が好きなら嬉しい。あなたと同じ絵を楽しめれば嬉しい。だけど同じひとが好きじゃないなら、それが嬉しい。ほんとに、よかったよかった。

僕はあなたにも、心から願ってる

一応確認しておくと、これは別に

「ひねくれたい」

わけでも、

「競争率が低いからいい」

ということを言ってるわけでもない。誰かと誰かが同じひとを好きだと言うなら、それもそれで受け止めるべきものだ。だからその意味で、

そんなひととは別れてほしい。だって自分が、あなたを好きだから。自分が、あなたと一緒にいたいから

と言うなら、そのことについてとやかく言うこともないし、違和感も持たない。だけどそういう理由じゃないのに、誰かに向かって

別れたほうがいい

なんていうのは、やっぱりおかしいと思う。というか何度考えても、

よくそんなこと言えるなぁ……。意味わかって言ってんのかなぁ?

っていう感想しかない。だから僕は今回のふたりに関しても、あらゆる意味において、そんなふうに言う気はまったくない。

そして、そんな僕が代わりに、心から思ってることがある。そしてそれは、今回のふたりに限らず、誰にでも、あなたにも、心から願ってることだ。そしてこれをみんなで願い合えたら、それはきっと、すごくすごく、しあわせなことだと思う。

あなたが好きなひとと、好きなだけ、一緒にいられますように。
Billy Joel – You May Be Right (Official Video)

コメント

  1. あずさ より:

    四つ這いおとなさん、こんばんは。

    あずさと言います。

    最近、こちらのサイトを知りました。

    示唆に富んだ発言や、色んな立場の人を包み込む優しいお話に、元気を貰い過去の記事を遡って読ませていただいています。

    私はADHDを持っていて、恋人はアスペルガーを持っています。お互いが好き同士なのに、考え方が合わず衝突ばかり、周囲からは「どうして付き合っているの?」の声。じきに彼から別れを切り出されます。

    いつも彼の共感性のなさを嘆いていました。でも、私は彼に共感出来ていたのかな。彼は本当に私に共感していなかったのかな。と考えるようになりました。

    「君はいつも僕の気持ちを決めつける」

    喧嘩の度に言われた言葉を、この記事で思い出しました。四つ這いおとなさんみたいに、もっと柔らかく物事を捉えられたら、、そんな風に思いました。ダラダラ文、失礼しました。

    • あずささん、こんにちは。

      好き同士なのにうまくいかなかったり、別れてしまったりするのは、とても哀しいですよね。

      僕もあらゆる人間関係について、試行錯誤して模索している最中なので、

      「明快な解決策」

      のようなものはなにも示せないのですが、それでも僕は僕として、あなたと彼がお互いを好きだという気持ちを大切に、それを少しでもうまく深く伝え合えることを、心から願っています。

      そしてたとえお互いにうまく共感し合えなくても、その間から生まれるおふたりならではのなにかが、あなたと彼にとって少しでも、いいものでありますように。

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