登々賭々人々

広告
1組の青いトランプ

俺たちは誰でも家族に影響を受けている。

そしてそのなかでもいちばん原始的な、いちばん強烈なものが、名前だと思う。

 

二郎。

これは俺の父親の名前だ。けど、父親の上に兄はいない。生まれてすぐに亡くなった。自分の名前を呼ばれる間もないうちに。そして、俺の祖父母に当たるひとたちは、その長男の存在を忘れないように、2番めの父親に対して、二郎という名前をつけたということらしい。

兄ちゃんがいないのに二郎か!

一人っ子の二郎くんが来たぞ!

なんていうふうに弄られおちょくられるなかで、俺の父親は育った。でもその名前は、特別なくせにあまりにも平凡だった。彼は名前に、強いコンプレックスを持つようになった。

けどそんな男に、あるひととの出逢いがあった。それが俺の母親になる女性だった。そしてふたりは、紆余曲折のなかで愛を育み、一緒に生きていくことを決めた。

そして、俺が生まれた。

 

父親は俺に

どんなに大勢のひとのなかでも、自分の特別さを忘れてしまわないように。いちど聴いたら、みんながお前の名前を憶えてくれるように

という、強い願いを込めた。そしてこれは、自分の名前へのコンプレックスの反動でもあった。

登々。

これが、俺につけられた名前だ。

 

ここまでの話を、俺は何度となく、父親から聞かされてきた。けどあんた、自分が名前に苦しめられてきたなら、もう少し名前への想像力をはたらかせてほしかったと思うぜ?なんの味も感じられない名前もつらいかもしれないけど、味がありすぎる名前ってのも、同じくらいにキツいもんなんだぜ?少なくとも、もし俺にひと言相談してくれたら、そんな名前にはしなかったのに。

おっとっと、なんかあるなぁと思ったらお前かぁ!

とっとと行けよ!このグズ!

なんて、嗤われるだけの名前には。

 

とはいえ、そんな文句を言える相手も、もういない。それに俺に別の字を当てて、

「人々」

なんて名前にしなかったこと、今じゃ少しは感謝できるようにもなったんだぜ?あんたは俺に、登っていってほしかったんだよな?自分が行けなかった、高みへと。

 

でもな、人生は賭けだ。だから、どこまで行けるかは、かなり運だ。思ったとおりには、行かない。でも思わないと、場に出ないと、なにも掴めやしない。だから、賭けなんだ。100%の勝ちはあり得ない。たとえそれが1%でも、大切なものを失うリスクがあるとしたら、そこで賭けに出れるか?けっこう怖いもんだぜ、こりゃあよ。

でも俺には、大切なものは特にない。人質に取られて困る誰かもいない。だから俺はこの条件を、幸運に変えられる場所を探した。だから、今日までここにいられる。

だけどほんとは、俺たちはみんな、いつもいのちを賭けて生きてる。その証拠に、いのちは毎日縮まってる。そしてそれは、最低限の場代だ。あとは自分で、上乗せしたりしていけばいい。ここぞというときにはな。そうやって、みんな生きてる。だからこれは、ほんとは特別なことじゃない。ただそのことを忘れやすい環境もあるなか、俺は運よく、そのことを忘れずにいられる場所にいるってだけだ。

今日の目がどうであれ、明日の目はわからない。それに始まりの時点では、終わりがどうなるかなんてわからない。そしてすべては、組み合わせ次第でもある。ストレートになるかブタになるかは、最後の1枚次第だ。そしてAのワンペアより、2のスリーカードのほうが強い。そういうことだ。

そしてもうひとつ、降りたら負けだ。勝負に出ても負けることはあるけど、自分から降りたらその時点で負けだ。たとえ、ロイヤルストレートフラッシュでもな。もちろん、最初からその役なら降りるヤツはいねぇだろうな。でももし、1枚チェンジしてたら、揃ってたっていう状況でも、降りたら負けなんだ。だから、最後まで、わからないんだ。わかってるって、思っちゃいけないんだぜ?

だから俺は、こんな手札でも生きて来られたんだよ。俺の札は、実際たいしたことはねぇ。だから、レイズできるほどじゃないんだ。けど、フォールドはしない。そして、俺がいちばん大事だと思ってるのはな、

「『コールすることも、大きな賭けだ』ってことを、忘れないこと」

だ。みんな、レイズがリスクを取りに行く行為だってのは知ってる。でもコールも、相手が生み出した、場が共有した流れに乗るのだって、充分なリスクなんだぜ?そして全員がコールしたとき、ついに場の全員の手が明かされちまうんだ。こんな怖い瞬間が、他にあるかよ?

 

だから、怖さを知っとくんだぞ。お前はな。そしてもし、いつか俺の最期が来たら、そのときは俺のカードを誰よりも早く持って、どっかでうまくやるんだぜ。すべてが裏目に出たとしても、最後にもう1回引っくり返してくれるひとがいれば、それですべてが逆転する。それが、奇跡っていうものなんだろうな。

なんにせよ、俺の名前を憶えてくれてありがとな。今となっちゃ、これ以上ない名前だと、思ってるくらいなんだ。

 

そんじゃ、今朝も今夜も相も変わらず、ショウダウンと行きますか。眼は瞑るなよ。それくらいなら逃げたほうがいい。いつだっていちばん大切なのは、この瞬間なんだからな。いのちがいちばん輝くときを、よく見とけ。

トップへ戻る