「絶対に誰にも伝わらない」と思えても書いていい。そしたら、誰かが読んでいる

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鉛筆とノート

あなたと同じひとはいない。あなたと同じ体験をしたひとはいない。たとえば「同じもの」を見たとしても、あなたの感受性はあなただけのもので、他の誰のものとも違うから、その「体験」は、やっぱり、あなただけのものだ。

「自分の色」を出せば出すほど、裾野は狭くなっていく

だから、僕がなにかを伝えようとするときも、そこに「僕の色」を出せば出すほど、その裾野は狭くなっていく。できるだけ多くのひとに幅広く浸透させたかったら、僕のなかにある自分の色を薄めて、代わりに浮かび上がってくる「多数派との共通部分」に着目して伝えたいほうが、共有・共感される確率は上がると思う。たとえば……

「20代男性の僕が、予算5000円の範囲で、春を迎えるにふさわしいファッションアイテムを必死で探してみた」

とかね。

だけど僕は、こういうのを書くことはないと思う。少なくとも、この『四つ這いおとな』は、そういうのを書きたくて創った場所じゃない。だからもし書くとしても、もっともっと自分の色を加える。でも一般的には、やっぱり

「読まれる母数が多いものを書く」

っていうのが王道だと思う。あまりに個性を発揮していくと、それは

「内輪の話」

になってしまって、最終的には

「あなただけの話」

として、処理される危険を孕むことになる。それは確かに、哀しいことだとも思う。

だけどそれでも、あなたが「あなただけの話」を書くことには、すごい意味がある

だけどその哀しみを踏まえたうえでも、あなたが「あなただけの話」を書くことには、やっぱりすごい意味がある。それは誰より、あなた自身のためにもなるんだ。

誰でも、ほんとには、

自分の体験を、感じたことを、誰かに伝えたい

って思ってると思う。だけど、それがどうしても伝わらなかったときの哀しみは、とても深い。だからこそ、それを伝えるのを怖がってしまう。そんな気持ちは、僕にもある。

だけど、僕自身がこうやって2年以上ここにただひたすら

「自分の心の動き」

を綴ってきた経験から、確実に言えることがある。だからそれを、僕はあなたにも心を込めて、伝えたいと思うんだ。

「絶対に誰にも伝わらない」と思いながら書いたものでも書いていい。そしたら、誰かが読んでいる

それは、

「絶対に誰にも伝わらない」と思いながら書いたものでも書いていい。そしたら、誰かが読んでいる

ってことだ。これは、確信を持って言える。どんなまとまりのない文章だろうが、唐突な詩だろうが、拙い物語であろうが、哀しみや苦しみを搾って固めたものであろうが、たとえどんなものを書いても、

「まったく誰にも読まれなかった」

ということは1度もない。これは実は、すごいことだと思う。だけどこれは、ほんとには、誰にでも体験できることなんだ。

もし、あなたが

こんなの絶対、誰にも読まれるわけないよな

と思いながらなにかを書いたとして、それが実際に、ひとりにしか読まれなかったとする。でもそれでも、あなたがそれをあなたのなかだけにしまいこんでおいたのに比べると、そのあなたの言葉は、世界は、2倍に拡がったことになる。そしてそれだけでもすごいのに、ときどきそこに「コメント」とか「シェア」とかの「反応」が返ってくることもある。これってほんとに、奇跡だと思う。だけど今僕が実際に体験しているように、あなたもインターネットをちょっと活用するだけで、そんな奇跡を、実感することができる。そしてそれはきっと、あなたの助けにもなってくれると思う。

これからも、僕もあなたになにかを伝えたいと思う。だからあなたも、伝えることをあきらめないでほしい

そしてもちろん、これは別に「サイト」を創って、「決まった名前(ハンドルネーム)」でやらないといけないわけでもない。今なら「掲示板」とかもたくさんあるし、

みたいなサービスもある。だからそういうののなかから、あなたにいちばん合った場所と方法を、探していけばいいと思う。たとえ

今よりは、ちょっとましかな

って思うくらいでもいい。それでもやらないよりは、なにかが、生まれると思うから。

そしてもちろん僕自身も、これからもあなたになにかを伝えたいと思う。だからあなたにも、伝えることをあきらめないでほしい。それに僕でよかったら、あなたの話し相手くらいにはなれると思うから、声をかけてくれたら嬉しい。そうやってお互いに今日も明日も生きていけたらと、いつも思ってるんだ。

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