ずっと痛む左肩に思うこととやってみていること

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肩に乗るかわいい子猫

僕のからだの特徴のひとつをすごく簡単に言っちゃうと、

「ほとんどいつも、からだに力が入り続けてしまう」

ってことだって言える。だからそんな状態でいると、もちろんいろんなことが起きてくる。

「からだのどっかが痛い」っていうのは、日常的な状態だ

だから僕にとって、たとえば腕とか肩とか、それに腰とか膝とかのうち、どっか1箇所あるいは複数が痛んでいるっていうのは、わりと日常的な状態だ。仮にどこも痛くない日があったら、それだけでびっくりして笑っちゃうくらいだ。だからどこかが痛いってだけなら、僕にとってはたいした「問題」じゃないんだ。

ただ今回は、その「強さ」と「持続期間」が、けっこう厄介だ

だけど今回の場合は、まずその「持続期間」が、ちょっと普通じゃない。だいたいここ1か月間くらい、ずっと同じ「症状」が続いている。それが、

「左肩の痛み」

だ。左肩が痛いっていうだけなら、別に珍しくもなんともない。でもそれが「1か月くらいずっと続いている」っていうのは、かなり珍しい。そして今回の場合、その「強さ」もなかなかだ。どのくらいかと言うと、

「這うときに自然にかかる体重で、けっこう痛むくらい」

なんだ。あとはつかまり立ちをするのに手すりを掴むときも痛かったし、車のドアを(左の座席に座ったから)左手で閉めようとしたら、痛すぎて力が入らなくて、半ドアにしかならなかったくらい痛い。だからこれは、なかなかの強さなんだ。

いよいよ僕にも、「二次障碍」がやってきたのかなぁ?

前に僕は、こんな文章をまとめたことがある。

二次障碍っていう概念がある。これは主に医学的な意味合いで遣われることが多い言葉なんだけど、僕の今の理解でざっくり言うと、 ある障碍をずっと...

そして今回、僕の心にまず浮かんできたのも、

いよいよ僕にも、「二次障碍」がやってきたのかなぁ?

っていう想いだった。そのときも書いたように、「脳性麻痺の二次障碍」っていうのは、特に20〜30歳を迎えたあとから、だんだん顕れてくるものだ。だから僕も僕なりに、ずっと覚悟はしていたんだ。

でもいざこうなってみると、利き手の右手じゃなくて左手から、こんな感じで症状が顕れるとは、正直すごく意外だった。ますます、からだっていうのは不思議なものだなぁと思う。

とりあえず今までの経験から、状況を整理してみる

ただどんなに「予想外」だろうが、起きてしまったことは事実として受け止めるしかないし、この1か月の間に、いろいろと状況を整理してはいた。

まず、「左手をまったく遣えない」っていうわけじゃないし、「なにもしなくてもいつも痛い」っていうわけでもない。具体的には、左手を握っても痛くないし、左腕が上がらないわけでもないし、腕を上げてもそんなに痛くない。こうやってキーボードを叩くこともできる。

たださっきも言ったとおり、這うと痛いし、手すりを掴んで引っ張ろうとすると痛いし、車のドアを閉めようとすると痛い。

このことから、

「肩にある程度以上の負荷がかかると痛む」

っていうのが、今の僕の状態なんだと理解してる。

そして、いろいろ痛みを和らげる方法を模索してる

この理解のうえで、僕はできるだけ左肩を遣わないようにしつつ、少しでも痛みを和らげる方法を模索してる。まずは基本的なところで、筋肉の緊張をほぐすのにはからだを温めるのが効くことも多いから、お風呂にいつもよりゆっくり浸かってみたりしている。あとは少し、お酒を飲んでみたりもした。僕はお酒に弱いから普段はほとんど飲まないんだけど、これでラクになることも多い。

ただ、今のところの実感としては、「はっきりわかる改善」は特に起きていない。でもやらないよりはやったほうがいいと思うから、できる範囲で、いろいろとやってみようとは思ってるんだ。

気づいたら治っちゃうかもしれないし、治らないかもしれないけど、「からだにはいろんなことが起こる」っていうのは確かだ

ただ最初にも言ったように、今までも、こういう

「一時的な痛み」

自体は、僕が日常的に経験してきたものだ。それは数日とか1週間くらい続いては、ふと気づいたら治ったりする。たとえば今年の1月なんかも、1週間くらいひどく腰が痛かったけど、今はもう痛くない。だからこの今の左肩の痛みも、いずれあっけなく治るのかもしれない。その可能性は、充分にあると思う。

でももう一方では、もしかしたら、もう治らない可能性もあると思ってる。それはつまり

「いつかどこかから」必ず起きると思ってたものが、「1か月前に左肩から」起きた

っていうだけだ。だからそれはそれで、充分にあり得ることなんだ。

今回がそのどっちなのかは、まだわからない。ただひとつ確かなことは、

生きてるんだもん、からだにも心にも、いろんなことが起こるよね

ってことだ。それだけは今までもこれからも変わらない、絶対的な真実だ。

だからこれからも、僕はこれからもこのからだのなかでこの心を持って、一緒に生きていく

だからそういう意味で、僕のやることは今までとなにも変わらないと言える。僕はこれからも、このからだのなかでこの心を持って、一緒に生きていく。そのなかでは、いろんなことが起きるだろう。だからそれをこうやって整理して、記録して、未来にも活かせたらいいなぁと思ってる。そしてもちろん、いずれこれが治ったら、またここにも記録しようと思う。そのときはまた、

「1か月以上痛みが続いても、治らないわけじゃない」

ってことがわかるってことだ。そしてもし治らなかったら、

「左肩がずっと痛くても、生きてはいける」

ってことがわかるってことだ。

いずれにせよ、僕の人生は、まだ終わっていない。そしてそんな僕があなたと関われるなら、できる限りのことは、やり続ける。そしてこれからも、お互いのからだも心も、大切にしていきたいと思う。

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