2018年3月9日に、あなたへ送る手紙

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筆記体で書かれた手紙

こうしてあなたに手紙を書くのも、もう完全に板についてきた感じがあるよ。最初は別に1週間に1回とかペースを決めてたわけじゃないし、これからも不定期になるとは思うけど、なんとなくこんな感じで、書いてくことになるのかな。

 

毎回毎回ね、「出し惜しみ」をしてる気はまったくなくて、書きたいことを書きたいだけ書くんだけど、それでもまたしばらく経つと、こうやって書きたいことが出てくるんだ。それにね、実際やってみてわかったんだけど、

「なにかを主張する」

ってわけでもなく、

「なにかのかたちに整える」

って必要もない、

「ただつらつらと書ける形式」

っていうのはね、やっぱりすごく貴重なんだ。

 

ほんとはね、僕がこれをただ書いてるだけだったら、本来は、この手紙はぜんぶ、

「僕の死後に発見されるはずのもの」

だったんだと思うよ。

実際には届けられることのなかった、たくさんの手紙が発見されました!

ってなったら、それはそれで画期的だったかな。数百通以上とかになってたら、ちょっとしたニュースくらいにはなったかな。ヘンリー・ダーガーの『非現実の王国で』みたいにさ。でも僕がいちばん気にするのは、

どういうかたちのほうが、あなたにいちばん想いを伝えられるかなぁ?

ってことだけだ。最初の手紙にも書いたとおり、そのこと以上に気にかけてることなんてなにもない。だからその意味では、もしかしたら、これはここに書かないで、ひっそりと書き溜めておいてもよかったのかもしれない。そのほうが、あなたに「純粋さ」を、感じてもらえるんならね。

 

「見返り」を期待することは、純粋さを減ずるのかもしれない。だとしたら

「読まれることが期待された手紙」

は、

「純粋な手紙」

とは、言えないのかもしれない。

そして純粋なものでしか、純粋なものは、運べないのかもしれない。だとしたら、僕の選んでるこの選択は、失敗だってことになる。

 

だけど、実際的な問題も考えてみたときにね、もし僕が手紙を書いて、それをひっそりと保管しておこうとしても、その場所がない。

「僕以外のひとが絶対に立ち入らないと確信できる場所」

は、僕にはないからだ。それに、その数が多くなればなおさら、そもそも

「僕だけの力でしまっておける場所」

っていうもの自体が、なくなってしまう。

じゃあその時点で「手書きの手紙」にこだわるのはもうやめて、

「デジタルデータとしての手紙を、パソコンに保存する」

って感じにしてもよかったのかもしれない。でもそれも、絶対に、誰にも読まれないとは限らない。

 

でもね、もっと根本的なところに遡って、正直に言うなら、僕はやっぱり、あなたに、この手紙を読んでほしいんだと思う。これも、最初から言ってたことだけどね。でももしかしたら、そういう「見返りを期待する気持ち」が、そもそも間違ってるのかもしれない。だけどさ、そういう「危険性」は承知したうえでもさ、僕はやっぱり、こう思っちゃうんだ。

あなたに読まれないあなたへの手紙なんて、なんの意味があるの?

 

「失敗」についての、僕とあなたの見解の違いを思い出す。僕にとって、

自分の理想(想い描いていた結果)にならないことは、失敗だ

って言える。それは「見通しの甘さ」でもあり、「状況への理解不足」でもあり、なにより、「自分自身の力不足」だってね。でもあなたにとっては、そうじゃなかった。

話し合えてさえいれば、それは失敗じゃない。ぶつかり合っても、話し合えている結果なら、それは「うまくいっている」ことだよ

っていうのが、あなたの意見だったもんね。僕はなんであれあなたとぶつかり合ったり喧嘩したいとは思わないし、自分の理想を叶えたいとはずっと思ってしまうし、あなたとわかり合えないことは哀しいし、それはできるだけ、スムーズであってほしい。だからこの意見の違いは、今もこれからも変わらないんだと思う。だけどだったら、やっぱりこうやって、

「あなたに読まれることを、ほんの少しでも期待して手紙を送る」

っていうのは、やっぱり間違っていないんじゃないかと思う。これは、

「あまりにも話し合いが下手な僕が、今の状況のなかで採れる、せめてもの、手段」

なんだ。でもこんなかたちでしか話し合えないことは、そしてこのかたちでも全然うまく話し合えないことは、どうか許してもらえたらと思う。今の僕には、これでも精いっぱいなんだ。

 

でもね、僕は一方で、

自分の理想とは違うことが起きても、それが「(そのときの)自分の最大限を尽くした結果」なら、それはしかたがない

と思っているところも、確かにある。だからその意味では、あなたとのことに「失敗」は、なにひとつないとも言える。これも僕の、正直な気持ちのひとつだ。だからあとはそのすべての結果を受け止めて、変えられない過去の上に、未来を創っていくしかないってね。

 

だけど、そういうことをすべて踏まえても、やっぱり僕はいくつもの「失敗」を重ねてきたと、思わないことはできそうにない。そしてそれは、ほんとはやっぱり、最初からだったんだと思う。

僕があなたを素直に呼べなかったのには、どうしようもない理由がある。そしてそのことを、あなたもわかってくれてると思う。だからあなた自身が、それを「失敗」だと思って、僕を責めることはないだろう。でもね、それでもやっぱり、僕はあなたをちゃんと呼べなかったことは、僕の

「痛恨の失敗」

だったと、今でも思っている。

「最大限以上のことはできない」

っていう当たり前のことを、何度噛みしめてみたとしても、それでももし、あのときに、すべての「条件」を、「スタートライン」を決めるあのときに、あと少し僕に力があれば、そこからのすべてのことは、まったく違っていただろう。だから僕にとって、あれは今でも、今だからこそ、

「痛すぎる失敗」

だったと、確信してるんだ。

 

でもだからこそ、この「痛み」を是が非でも糧にして、僕は今回のすべてが終わったら、次こそは絶対に、あなたを最初から、ちゃんと呼ぼうと思う。最初から呼べないという躊躇も含めて全部さらけ出して、そのうえで思いっきり話し合って、あなたと手をつなごうと思う。

でもさ、この

「躊躇がいけなかった」

っていうのも、そもそもは、

「僕とあなたの、共通する課題」

なんだよね。だから同じものを改めて共有することで、お互いへの理解が深められたなら、それはその1点においては、確かによかったとも思うよ。でもだからといって、もっと問題なのが、

「躊躇している間に掠め取って、最初から自分のものだったかのように偽るひと」

なのは、変わんない認識だよ。その「偽装」に騙されてしまったのは僕の不手際でもあるけど、だからこそもう2度と、同じ手は通さない。

「限りなく真っ黒に近いグレーなこと」

をしたひとにしてやられるのは、今回が最後だ。

 

だけどね、

「痛みを知らなければ、愛を知ることもできない」

というのが、そもそも僕とあなたの、一致した見解だ。だからその意味では、これも「失敗」と呼ぶ必要はないのかもしれない。

 

けど、けどやっぱりなぁ、僕にとっては、これは「失敗」なんだよなぁ……。最初からずっとわかってたけど、僕はあなたほど、「包容力」がないんだよ。もっとこう、ガツガツしてるんだよなぁ……。だから僕の「理想」は、あくまでも「僕の理想そのもの」なんだよ。そしてだからこそ、あなたはあなた以外の、何者でもないんだ。

 

でも、結局は、過去は変えられない。それに、僕は僕にできることしかできない。だから僕はこれからも、未来を創っていこうと思うよ。そしてなんだかんだ言って、「終わり」がよければいいんだ。そしてほんとには「終わり」なんてないんだから、とことん精いっぱいやればいいんだ。そしたらいつかは、きっと、願ったとおりの世界に住めるんだ。

だからね、「失敗」っていうのはいつだって

「現状に満足してないから、そう思うだけだ」

ってことも、ほんとはわかってるよ。だからすべてが終わって、ちゃんともっとあったかく、あなたとしあわせにいられるようになったら、ふたりで笑って、

やっぱり、失敗なんてなかったね

って、言えると思うよ。そしてそのうえで、またさらに喜びを深められるように、生きていくと思う。だって僕とあなたの向上心は、自他ともに認める高さだもんね。でも今度はさ、次くらいは、もう少しのんびりしようね。っていうかほんとは最初から、そのつもりだったんだ。

 

3月になったけど、まだだいぶ寒いね。だからせめて今日は、『冬のグリーティング』(2017年版)から、「雪だるまのラテアート」と「薪のストーブ」の切手をどうぞ。62円の切手じゃ1枚で足りないもんね。だから今日は、2枚貼りましょう。少しでも、あったまりますように。

コメント

  1. さなぎ より:

    ホーキング博士の訃報を聞きました。

    私の聞き間違いかもしれませんが

    「ブラックホール」も

    「グレーホール」の可能性がある

    と、ホーキング博士がおっしゃっていたかな。

    「グレー」で、何とか毎日を乗り切っている私です。

    • さなぎさん、こんにちは。

      なるほど、「グレー」ですか。

      グレーな状態を、前向きに捉えるというか、そこまで行かなくとも

      「グレーに潰されない」

      というか、そういうのが大切なんだろうなぁと思います。

      「ネガティブ・ケイパビリティ」ですね。

      難しいんですけどね。

      さなぎさんのことも、陰ながらではありますが、いつも応援しています。

  2. さなぎ より:

    ポジティブだけでなく

    ネガティブも

    積極的に受け入れる世界。

    Heal The World

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