裸の王様

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雪の上に残った痕跡

「幸」の字源を知ってるかい?

幸せの意味を話せるかい?

今日のお話を聴きながら

一緒に考えてはくれないか?

 

そのひとが国を建てたとき、希望に燃える青年だった。

彼は「幸」の御旗を立てて、その国の名を「幸国」とした。

彼がその国をどう治めたか、詳しい記録は残っちゃいない。

ただその国には「枷」がなく、治水技術に優れてた。

緑は茂り作物は富み、甘い樹の実があふれてたらしい。

王は思った、

この幸せが、永遠に続きますように……

 

けれどときが流れるにつれ、すべてのものは変わっていった。

彼は妻さえ娶らずに、献身的に国に尽くしたが、それでも変わるひとの心を、止めることはできなかった。

ことの発端はなんだったのか? そんなことはどうだっていい。

いつだってひとが不幸になるのは、あまりに普通のことだろう?

ありふれたささいなことが、気付いたときには止めようもなく、すべてを侵し朽ちさせる。

けど俺が話したいのはさ、こんな話じゃないんだよ。

ここまではすべて前フリで、こっから話の核心だ。

気分を変えて、じっくり聴けよ?

 

ある日王様の部屋を訪ねたひとは驚いた驚いた!

どう見ても王様は裸だったんだから!

でも王はこう言うんだ。

私は世にも珍しいものを創ったんだ。これは「心の清らかなひとにだけ見える着物」だ。この世で最も美しい服。どうだあなたも、そう思わないか?

王は今まで、決して嘘をついたことがなかった。そしてそれは、国民も仲間も、すべてが知っていた。というか彼にとっては、すべてのひとたちが「仲間」だったんだ。たとえ相手の心が、変わってしまっていっていたとしても……。

だからそれを聴いたその相手のひとは、とっさにこう言った。

えぇ、本当に素晴らしいです!絵にも描けないほどの美しさ!貧弱な私の語彙では表せないのが、とても残念でなりません!

そうすると王はにっこりと笑った。

でもわかるだろ?服は相手に見えてなんてなかった。けどあの王様は、今までどんな困難にも打ち克って、不可能を可能にしてきたひとだ。そんなひとが創ったと言うなら、ほんとにできたのかもしれない。だとしたら、自分が「それを見られない、心の穢れたひと」だなんて、なかなか言い出せないよなぁ?

 

だが話はこれで終わらない。次の日王の部屋を訪ねたひとたちは、さらにびっくりした。そこにはベッドもイスも机も、献上品の絵も置物も、なにひとつなくなってたんだから!動揺を隠し様子を伺うひとたちに、王はまたしても笑いながら言ったんだ。

どうだろう、私の研究の成果は!昨日から身に着けている服の応用でね、ここにあるあらゆるものを、あの素材、つまり心の清らかなひとにしか見えない「清幻」に置き換えて創りなおしてみたんだよ!もちろんこの名は私が付けたものだがね、いやいや素晴らしい出来栄えだ!とはいえもちろんなにか意見や感想があれば、遠慮なく言ってほしいんだが、さて、どう思うかな?

その頃には王の周りのすべてのひとは、内心の想いを隠すのがとてもとても巧くなっていた。だから彼らはこう答えた。

言葉もないほど素晴らしい!まったく、言い表しようがありませんな!ただただ胸に詰まるほどの感動が……

 

こうなりゃ話は早い。王は次の日から部屋のドアも新しいものに置き換えて、ついでに鍵も外してしまった。

思ったとおりあなたがたはみんな心が清らかなようだから、鍵などというのももう必要ないだろう

なんて言ってね。周りのひとたちは、それからしばらく、どこでノックをするか迷って、結局「扉の向こう」から、声をかけるということにした。そしたら王様はいつだって、快く迎え入れてくれた。

それに王は国中の武器も新しい素材に換えた。もともとその国独自の武器屋はなかったし、王様に

より素晴らしいものに換えたんだよ!見てもわかると思うがいかがかな?

なんて言われたら、軍部も反抗できない。こうして、新素材「清幻」はあっという間に、幸国中に拡がった。

ただし、唯一「王以外のひとたちの服」だけはそうはいかなかったけどな!そのときの「言い訳」はなかなか楽しいぞ!

もちろんこの国のひとびとにこれを見られないひとはいないかと思いますが、それでも万々一ということがあります。それに、外国の者たちは野蛮人も多いですから、彼らとの折衝の際に、裸体を見られるのには問題があるかと……見下されるのも困りますし、そんな彼らにあなたの崇高なお考えが理解されるとも思い難いものですから……

 

そして王はついに、その姿と彼の創った素晴らしい作品を、広く国内外のすべてのひとに公開した。見たひとはみんな一様に息を呑み、その日あったことを眼に焼きつけた。そしてその日、ひとびとはいつもより長めに風呂に入り、いつもより早めに床に就いたという。

 

それから少しして、王のもとにある報せが届いた。隣国が、内々に幸国に対する侵略の企てを進めているとのことだった。どうやら彼らの国に、幸国の「新しい武器」や「最強の防壁」を見ることができるひとはいなかったらしい。そして、彼らの国は決断した。

もはやかつての幸国はなく、あるのは狂人の統べる愚人の国である!而して今や幸国恐れるに足らず!狂人の手から民衆を解放するためにも、この国が烈火の如く討ち滅ぼしてみせようぞ!

しかし、この報せにも王はまったく驚かず、むしろ笑ってこう言った。

だいじょうぶだ。あなたに私の服が見えているなら、誰も私たちを傷つけられはしないよ

 

しかしときをほぼ同じくして、王は自らの構築した独自の情報網(ちなみに、王は変装の達人でもあった)から、国の内部で軍部を中心とした反乱計画があり、王の毒殺を目論んでいるとの確信を得た。だがそれを直接伝えてくれる「仲間」は、どうやらそこにはいないようだった。ここに至って王は、しばし静かに部屋に佇み、ひとつ息を吐いたあと、部屋を出るなりこう告げた。

しばらく、独りで出かけてくるよ。夜の風に、当たりたいんだ

 

寒い日だった。王は隣国を目指そうとしていた。そこに馬はなく、静かに確かめるように歩く。王は、隣国の王に直談判するつもりだった。

私の首ひとつで、すべてを収めてほしい。他のひとたちにはどうか、手を出さないでください

しかしそれで、国はどうなるだろう?わからなかった。だがこのまま自分が生き長らえたとしても、状況はなにひとつ好転させられるようには思えなかった。それに王はもはやあまりにも、疲れ果てていた。

 

すると暗闇のなか、前方に誰かの姿が浮かび上がってきた。王は幻かと思ったが、そうではなかった。そのひとは王に充分近づくと、顔の覆いを取り、わずかに微笑んだ。そして背負った大きな包みから、なにかを取り出した。それは王の体躯に寸分の狂いなく合わせて作られた、見事な着物だった。

王が言葉を失っていると、そのひとは後ろからもうひとつ、美しい羽織物を取り出して、それを静かに王に掛けた。

 

王は、行き先を変えることにした。このひとに彼だけが知る最も美しい湖を見せてあげたかった。春にはその辺り一面に花が咲くだろう。彼が植えたものだから。それを、一緒に見たかった。そして王はそのひとが束ねた髪を静かに解いて、愛おしく撫でた。

 

そのあと彼と彼女がどうなったかは、誰の記録にも残っていない。そして幸国のその後の記録も、今や完全に、喪われてしまった。

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