SNEP(孤立無業者)。家族以外と接することなく生きているひとが、日本に160万人もいる

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地面に棄てられた黄色い落ち葉

「ニート」っていう用語は、2004年頃から日本でも遣われるようになったらしいんだけど、今ではもう幅広く知られたものだと思う。だけどこないだ、僕はまた新しい言葉を知った。それが、「SNEP」だ。

ニートの定義にもいろいろあるけど、そこからは見えてこない実態がある

このSNEPっていう用語は日本で2012年から提唱され始めたものらしいんだけど、そもそもなんでこの言葉が生まれたのかの背景を考えるためにも、まず改めてニートの定義を確認してみようと思う。ただ、細かく言うとこの定義自体にいろんな幅があるし、発祥のイギリスと日本とでは定義に違いがあるんだけど、そのなかでも今の日本での代表的なニートの定義はこれだと思う。

ニート(NEET)とは「Not in Employment, Education or Training」または「Not in Education, Employment or Training」の頭文字を取ったもので、学校(予備校なども含む)に籍がなくて仕事をしておらず進学および就業へ向けての活動をしていない、15~34歳の未婚で家事や家業の手伝いもしていない者

これは今の社会の状況を把握するためのひとつの見地として考え出された概念だと言ってもいいと思うんだけど、じゃあこの定義にどんな問題があるんだろう?

それは、

年齢で区切るということは、ある年齢を超えると自動的に、そこの数字から外れる(実態が隠れる)っていう点にある。つまりこの定義で見る限り、「状況が変わらないまま35歳を迎えたひと」の実態は、却って見えにくくなるってことだ。

同じことが、「引きこもり」っていう用語についても言える

そして同じことが、ニートと同じくらいよく遣われる、「引きこもり」っていう用語にも言える。

たとえば今年2016年9月に内閣府が行った発表した調査結果は、こんなふうに発表された。

学校や仕事に行かず、半年以上自宅に閉じこもっている「引きこもり」の人は推計で54万1000人で、2010年調査時の69万6000人から約15万人減少した。

(中略)

引きこもり人数の減少について、内閣府は「09年成立の子ども・若者育成支援推進法に基づく相談や訪問支援などの行政の対策で、一定の成果があった」とみている。

でもこれをよく読んでみると、単純に「いい傾向」だと喜べない理由も、同時に見えてくる。それはまずこの調査が、

調査は昨年12月、全国の15~39歳の男女5000人を対象に実施し、有効回収率は62.3%。このうち、引きこもり状態にある人の割合は1.57%で、この数字を基に総数を推計した。

っていう方法で行われたってことだ。

だからここにもやっぱり、年齢制限がかかっている。

そしてもうひとつ、この発表にある重要な要素は、

引きこもりに関する調査は2度目。「7年以上続いている」と回答した人の割合は、10年調査では16.9%だったが、今回調査では34.7%に上昇した。

という事実だ。

だからこの場合の「減った」というもののなかには、単に「40歳を超えて、統計調査対象から外れた」というひとが、けっこう含まれてるんじゃないかと思われるのも自然だ。

さらにそもそもの定義に立ち返って考えると、

「引きこもり」っていう定義のなかには、「統合失調症の診断を受けているひと」は含まれない。

ひきこもりと関連の深い精神障害の主なものとしては、広汎性発達障害、強迫性障害を含む不安障害、身体表現性障害、適応障害、パーソナリティ障害、統合失調症などをあげることができます。本ガイドラインのひきこもりの定義でも、統合失調症は除外することを明記しています

全国精神保健福祉センター長会『ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン』

こうやってひとつひとつを注意深く見ていくと、これにまったく意味がないとまでは言わないにしても、それが「社会全体の実態を表す指標」としてどこまで役立ってるかは疑問の余地が多々あることは間違いないと思う。

そこで、「SNEP」(孤立無業者)っていう用語が編み出されてきた

だから、こういう従来の視点の限界を超えるために編み出されたのが「SNEP」(スネップ)っていう用語だ。これは「Solitary Non―Employed Persons」の頭文字を取った略語だけど、これは外来語じゃなくて、東京大学社会科学研究所の玄田有史さんが創ったものだ。だからどちらかと言うと、「孤立無業者」っていう日本語を英語に訳したのがSNEPだと言うのが正確だと思うけど、その定義は、

20~59歳の未婚の無業者のうち、普段、ずっと一人でいるか、もしくは家族以外に接する相手がいない人たち

というものになっている。

こうすることで、今までの定義では把握しきれなかった、40歳以上の引きこもりのひと、統合失調症で孤独にいるひと、それに「家事手伝い」や「専業主婦」という名前の裏で孤独にいるひとに眼を向けるひとつの手がかりになる。そして、こうした見地から調べてみると、今の日本におけるSNEPは、2011年時点で162万人にもなると推計されているんだ。

少し古いですが、ニュース記事も残っています。

20~59歳の働き盛りで未婚、無職の男女のうち、社会と接点がない「孤立無業者」が2011年時点で162万人に上るとの調査結果を、玄田有史・東大教授のグループが17日までにまとめた。景気低迷に伴う就職難やリストラなどが響き、06年(112万人)と比べて4割強増えた。

20~50代の未婚男女で仕事も通学もせず、無作為に選んだ2日間にずっと1人でいたか一緒にいたのが家族だけだった人を「孤立無業者」と定義。総務省が5年に1度行う「社会生活基本調査」を基に独自に集計した。

 20~59歳の働き盛りで未婚、無職の男女のうち、社会と接点がない「孤立無業者」が2011年時点で162万人に上るとの調査結果を、玄田有史・東大教授のグループが17日までにまとめた。景気低迷に伴う就職

また、より詳しいことについては、原本の調査報告、玄田有史『孤立無業者(SNEP)の現状と課題 』を読んでいただければと思います。

そしてこれが増加傾向にあるように見えることも含めて、これはなかなか、衝撃的な数字だと思う。

さて、じゃあこれを、どう受け止める?

ただもちろんこの定義が万能なわけじゃないし、

これはまた「悪用」されて、暗いイメージに満ちた偏見や差別を生み出すだけだ!

っていう辛辣な批判も複数ある。

それに「引きこもり」にしろなんにせよ、ちゃんと自分や周囲のひとたちの力を活かしながら、そこから抜け出ているひともたくさんいることも忘れてはいけないと思う。

7割が3年以内のひきこもりから回復し、3割が3年以上の長いひきこもりであるという結果は、一般的なひきこもりのメディア・イメージからすると、意外な結果かもしれない。ひきこもりは一旦その状態になると抜け出すことが容易ではなく、何年も、何十年も続くというイメージが醸成されているからだ。

3年以内に7割が社会へ戻るという結果は、ひきこもり経験が非常に多かった結果とも符合する。つまり、現在の日本社会ではひきこもりになることは珍しいことではなく、10人に1人が経験する。そして、そのほとんどは3年以内に社会へと戻ることができている。したがって、現在ひきこもり状態にある者は1.6%であり、経験がある若者は8.4%という数値になるのだと考えられる。

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だけどそういった点をすべて踏まえても、やっぱりこのSNEPが持つ意味と、それが示している現実の重みは、向き合わなきゃいけないものだと思う。だからこそ、ついに今年に入って、公的な助成のもとでこんな調査が行われることになった。

仕事や学校に行かず、家族以外とほとんど交流しない「引きこもり」の人のうち、40歳以上で、期間が10年以上にわたるケースについて、本人や家族らでつくる全国団体が初の実態調査を始めた。引きこもりの「長期化・高年齢化」が進むと、抜け出しにくくなったり、親が亡くなった後に経済的に困窮したりする恐れがある。

調査は「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」が厚生労働省の助成を受けて実施。内閣府は9月、15~39歳の引きこもりの人が全国で約54万人に上るとする推計結果を公表したが、若者世代の支援を目的としたため対象に40歳以上が含まれず、現状を反映していないとの指摘が出ていた。

仕事や学校に行かず、家族以外とほとんど交流しない「引きこもり」の人のうち、40歳以上で、期間が10年以上にわたるケースについて、本人や家族らでつくる全国団体が初…

こうやって少しずつでも、いろんな動きが出てきているのは事実だ。だから遅かれ早かれ、これは誰もが真剣に考えなきゃいけないときが来るだろう。

別にインドア派でも友達が少なくてもいい。ただそれが、苦しみになってないなら

ここまで見てきてこの問題も他のあらゆる社会問題と同じように、いろんな立場からそれぞれのいろんな意見があることがわかった。

じゃあ今の僕はどう思うかって考えたら、そもそも僕自身が限りなく「引きこもり」に近いっていうことが言えると思う。僕の平均的な1日は家から1歩も出ないで終わるし、そのほとんどはパソコンの前で完結してるんだから。

もちろんここには僕自身の肉体的状況とか、社会的状況が関係している。そしてその状況が今の僕の性格を作ったんだからしょうがないんだけど、少なくとも今の僕はこの生活と現状にさほど苦しんでない。もちろん、「大満足」でもないからこうやっていろいろ試行錯誤してるわけだし、周りのひとの助けがなかったら1日も生きられないけど、それでも別に「絶望的な状況」だとは思ってない。

だから僕としては、別にあなたが「インドア派」だろうが、「友達は要らない派」だろうが、そんなこと自体は悪いことでも責められることでもなんでもないと思うんだ。だいたい今だったら、意志とそれなりの適性さえあれば、独りで家のなかにいたって、できる仕事はあるし。

だから僕は、

あなたはなんて狭いところにいるんだ!さぁ、一緒に外の世界に行こう!

なんてことは言わない。それに、あなたのいる場所だって、立派な世界(社会)だ。だからあなたはそれでいいならずっとそこにいたっていいと思う。

ただ、そこにはたったひとつだけ条件(前提)がある。「あなたがそれで、苦しくないなら」だ。

じゃあもし苦しかったら?一緒に考えよう。一緒に力を合わせよう。そして2人でできないことは、誰か他のひとを呼んできてやってみようよ!

もちろん、それには時間もかかる。だけどさ、それはしょうがないでしょ?ただ、周りのペースから見ればどんなに遅い歩みでも、やらないよりはやったほうが少しずつは進んでいけるはずだ。少なくとも、なにかは積み重なっていく。だから、僕たちにとっていちばん大切な「仕事」を続けていれば、まずはそれでいいんだよ。ほんとの意味で「無業」なひとたちなんていない。

だって僕たちはまだ、生きてるんだから。
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