「走れなければ、歩きなさい。歩けなければ、這いなさい」。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアさんのこの言葉を足がかりに、もう少し考えてみる

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マーティン・ルーサー・キング・ジュニアのスナップショット

こないだ、アメリカの次期(第45代)大統領がドナルド・トランプさんに決定した。

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2016年は政治的な波乱がたくさん起きる年みたいだ。6月にはイギリスが国民投票でEU(ヨーロッパ連合)を離脱する意志を表明した。7月には日本...

それはいろんなひとの様々な反応を引き起こしたけど、そのなかにあの世界的メーカー、AppleのCEO、ティム・クックさんが社員宛に送ったこんなメッセージもあった。

「前進する唯一の方法は、皆が一緒に前進することだ」

そこに書かれていたある言葉が、僕の目から離れなくなった

ここで書かれていることは、素朴だけどすごく大切なことだと思う。だけどそのなかでもいちばん僕の心に刺さったのは、ティム・クックさん本人のじゃなくて、そこで引用されていた、この言葉だった。

飛べなければ、走りなさい。走れなければ、歩きなさい。歩けなければ、這いなさい。

そこでもこれがマーティン・ルーサー・キング・ジュニアさんのものだってことは語られているけど、僕はもう少し詳しく調べたくなった。

そしたらこの原文が、

If you can’t fly then run,

if you can’t run then walk,

if you can’t walk then crawl,

but whatever you do,

you have to keep moving forward.

っていうもので、これは彼の数ある言葉のなかでもトップ10に入る

くらい有名なものらしい。僕はこれまでまったく知らなかったけど、今回知ることができてよかったと思う。

だけど這うことも、前に進むこともできなくなったら?

でもこの言葉の力強さを全部認めたとしても、そのうえでこんな想いも湧いてくる。

だけど這うことも、前に進むこともできなくなったら?

実際、こんなことは僕がよく考えることだ。たとえば前にも、こんな文章を書いている。

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一説によると、2階から落ちても半数以上のひとは助かるけど、3階からだと半数以上のひとは助からないらしい。でもこれも打ちどころによるし、身の処...

そして今この文脈で言えばまず、

自分が今向いているほうが、前なんだ

って考えるようにしている。たとえ他のひとから見れば「後ろ向き」でも、たとえ「過去」のほうを見ているときでも、自分が向いているほうが、前なんだと思えばいいと思ってる。確かに過去に浸りっぱなしでいたり、その結果くよくよし続けていたりしても、意味がないように思えることもあるし、それだけで人生が終わってしまうのは哀しい。だけどそれでも長い人生のなかで、ときにはじっと立ち止まったり、後ろを振り返ったりする時間も必要なんだと思う。

未来に向かうために、過去にさかのぼることが必要なときもあるってことだ。だから僕は、「前向き」っていう言葉の定義を、そんなに狭く捉えないようにしている。

あともうひとつは

たとえ這うこともできなくなっても、最期まで生きる

ってことだ。

そしてもっと言うと、この場合の「飛ぶ」とか「走る」とか「歩く」、それに「這う」なんていうのは、すべて肉体的な動作に基づいて言っていると言えると思う。だけどたとえからだが1ナノメートルも動かなくなろうが、這ったり歩いたり走ったり、ときには飛んだり踊ったりできるものがある。それが「思考」だ。

だから、這えなくなったら、考えたらいいんだ。そしてもし考えることさえできなくなっても、生きていたらいい。そしたら僕たちは自然と前に向かっていける。

その理由はさっき言った「自分が向いているほうが前」っていう視点とは別に、もうひとつこうも説明できる。

それは

生きている限り、僕たちは「時間に乗っている」からだ。そして「時間っていうのは必ず、未来に向かってる」からだ。

だから僕は考え続ける。そして、生き続ける

だけどそんなふうに言うのは簡単だけど、実践するのが難しいんじゃないか!

って言われたらそのとおりだ。

でもさ、だからこそ僕は実際にこうして生きてるんだよ。

僕にとって、

歩けなければ、這いなさい。

っていうのは、比喩でもなんでもない。現実だ。そしてそうやって這うことすらできなくなるのも、ごく自然に想定できる事態だ。っていうか、既に何度か体験済みのことですらある。

なにもしないで横になっていたら、意識は病院のベッドの上に戻っていた
昨日、自分が既に経験している、そしてこれから経験することにもなるだろう「二次障碍」についていろいろな情報を集めながら改めて向き合ってみた。 ...
だから、僕はこうして考え続けているんだ。そして、生き続けているんだ。それは、未来を見てみたいからだ。僕には夢がある。それはいずれ必ず来る僕の最期の瞬間に、僕が心から笑っていられることだ。だから僕はその夢を自分で叶えるために生きている。そう、僕には、夢があるんだから。
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