2016年は政治的な波乱がたくさん起きる年みたいだ。6月にはイギリスが国民投票でEU(ヨーロッパ連合)を離脱する意志を表明した。7月には日本の天皇制を巡る「生前退位」(譲位)の議論が起きた。ついこないだ韓国では朴槿恵大統領が機密情報を漏洩していた問題が持ち上がった。そして11月8日、第45代アメリカ大統領を決める選挙において、大方の予想に反してドナルド・トランプ候補がヒラリー・クリントン候補を破って、次期大統領に選ばれた。細かく挙げていけば他にもいろいろとあるけど、今年はほんとに政治的な「番狂わせ」がいろいろとあったなぁと思う。
イギリスのEU離脱の国民投票のときは、こんな文章も書きました。

僕も最終的には、ヒラリーさんが勝つんだろうと思っていた
今回の大統領選挙は、本来なら知名度も政治経験も資金力も圧倒的に上回っているヒラリーさんが勝って当たり前だと考えられるものだったんだと思う。これはアメリカのメディア調査の平均を採った『Real Clear Politics』なんかの支持率推移を見てもそうだった。

最初期よりどんどんトランプさんが追い込んでいるのはわかったけど、それでもなんだかんだ言って最終的にはヒラリーさんが逃げ切るんだろうと思っていた。
僕は民主党候補ではバーニー・サンダースさんのほうがずっと好きだったんだけど、こんな文章(分析)を読んだら、
ヒラリーさんでも思ったよりいい感じなのかな?
って思えたし。

じゃあ僕とあなたの2人で決めたら、大統領はトランプさんになっちゃいますね!
で、そんな感じでおととい9日を迎えた。この日は日本時間で大統領選挙結果が判明する日だと知っていたけど、僕は午前中出かける用事があったから、9時過ぎに家を出た。そしてそのとき会ったひととの会話が、なかなかおもしろい話になったんだ。
僕はちょっとした世間話のつもりで、
アメリカ大統領選、どっちが勝つと思いますか?
と訊いた。すると相手の彼は、
う〜ん、まぁ、順当に行けばヒラリーさんなんだろうねぇ……でもほんとは、サンダース大統領が見てみたかったけどなぁ……
なんて返事を返してきた。それが僕の感覚ともすごく近かったから、僕もついつい、
あ、それ僕も同じです!でも実際サンダースさんは負けちゃったし、そこには民主党自身がクリントンさんを「優遇」したなんて疑惑もある。しかもクリントンさんもトランプさんも同じくらいアンチが多い「嫌われ者同士の闘い」なんて言われてるじゃないですか?だったらですよ、「今回は大統領に選ばれるかもしれないけど、こっちはあなたに不安もあるんだから、しっかりやってよね!」って感じで、僕ならトランプさんに入れるかもしれないですね〜
なんてちょっと踏み込んだ話をしてみた。
ちなみに、民主党自身がクリントンさんを「優遇」したなんて疑惑っていうのは、こういうニュースに書いてあることです。
そしたら彼がニヤッと笑って、
実はね、僕も同じこと考えてたんだよ
なんて言ってきたから、僕も笑っちゃって、
じゃあ僕とあなたの2票で決めたら、トランプさんが大統領じゃないですか!
なんて言って話が終わったんだ。
「クリントン・ファイヤーウォール」は盤石なんかじゃなかった
そして僕が家に着いたのが午後1時前で、すぐ選挙の情勢をネットで見てみたんだけど、それは僕の想像を超えていた。パッと見れば明らかに、トランプさんが優勢に見える。でも同時に、僕はその前に見ていたある言葉を思い出していた。それがいわゆる「クリントン・ファイヤーウォール」だ。
誰もが接戦州だと認める州(オハイオ、フロリダ、ノースカロライナ、アイオワ、アリゾナ、メインの半分)すべてでトランプ氏が勝ったとしても、トランプ氏が獲得する選挙人は268人。ホワイトハウス入りに必要な270人には2人足りない。
これぞまさにトランプ氏が直面している「クリントン・ファイヤーウォール」だ。トランプ氏が勝つにはペンシルベニアとニューハンプシャーのどちらかを抑えるか(両陣営とも両州に注力してきたが、どちらも盤石なクリントン支持州だ)、あるいは選挙人包囲網を別の方法で迂回しなくてはならない。
【米大統領選2016】ドナルド・トランプ氏の勝ち方 なぜ劣勢州に注力 - BBCニュース11月8日の米大統領選投票日を目前に、トランプ氏は勝てる見込みがなさそうな場所で集中的に遊説している。何が起きているのか?
実際のところ、これが僕が最終的にはクリントンさんが勝つと思っていた最大の理由だった。だから僕は、随時更新される選挙情勢とこの
クリントン陣営が想定する「ファイヤーウォール」が実現すればこうなる
と示されている図を見比べながら、行方を見守っていた。そしたらいよいよ、それに異変が起きてることがわかった。
これはクリントンさんにとっては「最悪の予想」だったんだろう。だから「接戦州」(激戦州)のすべてはトランプさんに獲られると思っている。でも実際には、トランプさんに獲られることも覚悟していたネバダ州はクリントンさんが獲って、ここで選挙人6人を獲得している。
だけど一方で、クリントンさんは「最悪の事態が起きても自分が獲れる」と思っていたはずのウィスコンシン州をトランプさんに持っていかれた。しかもそこは自分が獲ったネバダより4人多い10人の選挙人を擁している。この時点で
トランプ氏が獲得する選挙人は268人。ホワイトハウス入りに必要な270人には2人足りない。
っていう前提は覆されてしまった。しかもそれだけじゃなく、同じく「ここは堅い」と思っていたペンシルバニア州(選挙人20)まで獲られてしまった。さらには、ミシガン州(選挙人16)もトランプさんに獲られ(厳密な最終結果はまだ出てないけど)、この時点で完全に目論見は外れている。
そして、ヒラリーさんはトランプさんに負けた。
予想はあくまでも予想でしかないし、未来はまったく決まっていない
結局蓋を開けてみると、どんなに「大方の予想」と言っても、「予想はあくまでも予想でしかなかった」ってことがわかったということだ。それにいざ、「トランプさんが勝った」という事実を知ってうえでなら、
「隠れトランプ」が多かったってことか……。確かに、内心ではトランプさんを支持していても、「差別主義者」のレッテルを張られるのは困るからね……
「隠れトランプ」の存在については、たとえばこの文章(分析)からも読み取れると思います。
「自分が矢面に立って“人種差別主義者”のレッテルを貼られたら、この国ではまともに就職できないよ」
とあきらめ顔。
ケヴィンも酔った席での戯言を除いてオフィシャルにトランプ支持を表明することはない。
ポリティカル・コレクトネスが何より重んじられるアメリカ。インテリ層がこれを間違うと大変なことになる。信用を失い、名誉を失い、将来を失う。
トランプ支持を堂々と表明できる、粗野で素朴な南部の白人男性たちはよい。それを公表できない白人インテリ層のなかにこそ、ふつふつと不満が堆積していたのかもしれない。そして、溜りに溜まった鬱憤が、トランプ旋風に一役買ったのではないか。
トランプ旋風でわかった“インテリの苦悩” ハーバードの学生がトランプ支持を表明できない事情 | デイリー新潮■「ハーバード大学」にも吹き荒れた「隠れトランプ旋風」(3)…
ただし、この文章も最後には、
トランプ現象の爆発的な広がりと、あからさまな失速はこう説明できる。
アメリカの行き過ぎたポリティカル・コレクトネスに反発したインテリ層は、自分たちが決して口にできない言葉を連発するトランプに喝采を送った。しかし、結局は、著しくポリティカル・コレクトネスに欠けるトランプの俗物性に耐えられなかった。
と書いてあるように、「実際にトランプ大統領が誕生する」とは考えていなかったようです。
また、選挙後に自身が「隠れトランプ」であったことを公言した女性を巡って起きたことには、僕も改めていろいろと考えさせられました。

とか他にも
結局、「嫌われ者同士の闘い」なんて前代未聞の泥仕合になった時点で、過去のデータは役に立たなかったってことか……
なんて理由はあとからいくらでも見つけられる。それにあのマイケル・ムーアさんだって、今振り返れば夏の時点でこんな文章を書いていたんだ。

それにこれは、たとえば経済の状況や関心を如実に映し出す「株価」の動きを見たってわかる。たとえば事前には、
市場はヒラリー勝利を織り込んでる!だからもしトランプさんが勝つようなことがあったら、襲ってくるのは急激な円高と株の大暴落だ!
なんて言われていた。そして確かに、その日の日経平均株価やダウ先物は何%も急落した。でも今日の状況はどうなったか?選挙前より株価も上がって、円安ドル高になっている。
そして今度は一転して、
実業家のトランプさんの経済手腕に期待が集まるとともに、市場は一気に上昇(楽観)ムードに包まれている
とか言ってるくらいだ。結局誰もなにもわかっていないし、たとえ「予測どおりの事態」が起きたように見えても、「予測どおりの結末」になんかならないってことだ。それは当然のことなのに、またすぐ忘れてしまいそうになる。だけど今回の顛末は、ただその当たり前のことを、当たり前に教えてくれたんだと思う。
だから率直に言えば、トランプさんがどうこう動いたくらいで世界は変わらないと思う
それに僕は実のところ、アメリカ大統領の世界的影響力については、ある時点で冷めた眼を持つようになってしまったんだ。
8年前、僕はオバマさんの勝利演説をテレビに食い入るようにして見ていた。同時通訳で流れる音声を聴き、会場で涙を流して喜ぶひとたちの顔を見ながら、僕も心から感動した。このときの演説を今改めて読んでも、やっぱり胸に迫るものはある。

だけど、世界は僕の思ったようには変わらなかった。
このニュースには一瞬驚かされましたが、情報元を見て納得しました。ほんと毎回、よくできてますよね……。

だけど、世界は変わっていく。それは、みんなの意志の総合によってだ
だから僕は、もうアメリカの大統領が誰になろうが過度に期待しないし、過度に失望もしない。そもそも、僕には投票権すらないんだし。
ただせっかくだからトランプさんにも正直な想いを伝えておきたい
とはいえ最後にせっかくだからトランプさんにもひと言伝えておきたいと思う(「伝わらないよ!」というツッコミは措いといて)。
トランプさん、事前の経験、人脈、資金、すべてのマイナスを撥ね退けたあなたの手腕には舌を巻きました。それにあなたは頭がいいし、勝利演説でのバランス感覚と堂々とした態度にはオバマさんのときとはまた違う感動を覚えました。しかも、たとえ「人気取り」の目的があるにしても、またあなたの総資産の大きさを考慮したとしても、やはり大統領の給与を1銭も受け取らないという決断は、相当なものだと思います。


ですがあなたがなにをするにしても、またはできないとしても、大統領の職務は誰もが認める激務です。今までの経験者たちがいかに「消耗」したかは下にまとめられていますが、あなたがこうならないことを願っています。あなたは歴代最高齢のアメリカ大統領になるのですからなおさらです。

そしてあなたが任期を終えたとき、あなたの成し遂げたことが周りから、そしてあなた自身から見て誇り高いものになることを、心から願っています。
I believe we can make the world better together!
この結果を受けて続々といろんな論評が出ていますが、僕にとっていちばん興味深かったのは、このふたつの文章(分析)でした(うちひとつは上編下編に2分割されています)。



コメントをどうぞ
私の父親は、かなり前からトランプが当選すると明言していました。
理由はこうです。
人は似たような人が集まる。トランプの支持者はトランプにいれると明言したり、トランプ以外に考えられないという強い意志の人の集まりだ。
翻ってヒラリーはどうか。
トランプよりはまし、まあとりあえずヒラリーに考えているといった曖昧な意見が多いというのです。
更にトランプが大統領候補になった地点で(その前に淘汰されなかった)地点で、もう勝ちがある程度確定しているというのです。
本来だったら候補にあがらないような人物が候補に挙がって容認されている地点で、支持者層が多いのだというのです。
更にこういったことも言いました。
「ドイツのメンケル首相(移民受け入れに賛成)の支持率低下もイギリスのEU離脱問題も、今度のトランプ大統領も本質は同じだ。
要は他者よりも(生活が苦しいから)自分を大事にして欲しいという気持ち、他者に対して余裕のない状態、こういった時代の流れからトランプが大統領になるのはある種の必然だっただろう」
と。
きんくまさん、こんにちは。
ふむふむ、なるほど。確かに、トランプさんにはヒラリーさんにはないかなりの「勢い」を感じました。
それが大統領になってから周囲との調整のなかでどう変わっていくのかはわかりませんが、少なくとも僕がひとつ感じたのは、このグローバル視点が叫ばれる世のなかにおいて、
私はこの国のことを他の国々より優先する!この国を愛しているから!
と潔く言い切れるというのは、ある意味羨ましいなぁということです。今の日本だと国のリーダーがそんなことを言い切ると、悪い意味の「ナショナリスト」というか、「独善主義」みたいに取られてしまうから、そんなふうには言えないだろうと思いますので……。
まぁトランプさんも実際そんなふうに思われているのかもしれませんが、どんなかたちであれ「自分の属する共同体」を思い切り愛せるというのは、しあわせなことだと思うんです。
ドイツのメルケル首相と正反対の立ち位置ですよね。移民受け入れ派と差別派と。
ただメルケル首相はドイツを凄く愛していて愛しているからこそ
「ドイツはアウシュビッツの悲劇がある。だからこそ世界で率先して移民の受け入れをしたい」
と仰っていたと思うんです。
ドイツ人のアイデンティティを大切にされたかったと思うんです。
トランプ氏に似た人物としてフィリピン大統領も暴言王として有名ですが、彼の背景には貧困層を含む国民の圧倒的支持と、麻薬問題と植民地時代が続いたフィリピンの歴史が背景にあって、暴言の根底にフィリピン人のアイデンティティがあると思うんです。
私は米国人でないので本当のところは分かりませんが、トランプ氏からはアイデンティティが感じられません。アメリカを愛しているというよりは、ビジネスマンらしい競争相手を蹴落としてやる!という主張に聞こえます。トランプ氏に強烈な拒否感を抱く層が依然として多数存在するのもその為だと思います。
彼が真に自国を愛しているかは彼のこれからの政治の在り方で問われるでしょう。
そうですね、政治にはいろんな意味で「駆け引き」が必要ですもんね。
そうするとすべてを文字どおり受け取ることはできないんだと思いますが、彼のスローガン
の真意と実行力が、これから問われていくんだと、僕も思っています。