しあわせなできごとだけを伝える『しあわせ新聞』があればいいと思ってた

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いろいろな新聞

今はいろいろなメディアがあるけど、そのなかでも大きく取り上げられるニュースっていうのはだいたい共通している。それは単純に言えば「衝撃的なできごと」だ。そしてその「衝撃」っていうのは、ほとんどの場合「哀しいこと」や「悲惨なこと」や「怒りをかき立てるようなこと」だと言っていいと思う。

世界に哀しいことがたくさん起きてるのは知ってる。だから、しあわせなできごとを教えてほしい

僕がちいさい頃はメディアと言えばテレビや新聞だったけど、それでも世界には哀しいことがたくさん起きてるってことはよくわかった。そして僕自身が入院やらなんやらを繰り返していたこともあって、いつからか

世界がどれだけ大変なことばっかりなのかはよくわかったよ!だからもっと、しあわせなできごとを教えてほしい!

って思うようになっていた。テレビ局のどこかひとつでもいい。新聞社のどこかひとつでもいいから、毎日世界中で起きてる楽しいことや、嬉しかった話をずっと教えてくれるところは出てこないのかとずっと思っていた。

それは別に、世界の苦しみを無視したいってことじゃない。そうじゃなくて、単に苦しみにだけ流されないように助けてほしいってことだったんだと思う。

人類が滅亡するとか騒がれていた1999年、僕は手術で入院していた

もうずっと前のことになるけど、「ノストラダムスの大予言」っていうのが大きな話題になっていたときがあった。そのときのことは、こんなページにもまとめられている。

「20世紀が終わった時、胸をなで下ろしました。大地震に備え部屋には食料を蓄えていた」と35歳女性は振り返る。

《1999年7の月、恐怖の大王が空からくるだろう アンゴルモアの大王を甦らせるため その前後、マルスは幸福の名のもとに支配するだろう》

16世紀フランスの占星術師ノストラダムス。彼が残した予言詩1000編の中にあるこの一編は、世界中の人々を震えあがらせた。

“恐怖の大王”とは何か? 各国の研究者はさまざまな解釈を発表。天変地異、大戦争、超光化学スモッグなど……。人類滅亡につながる事態が起こるのではと半信半疑で心配した人もいたのではないか。滅亡論の信者の中には、存在するのかもわからない楽園への移住を考える人もいたという。

「20世紀が終わった時、胸をなで下ろしました。大地震に備え部屋には食料を蓄えていた」と35歳女性は振り返る。 《1999年7の月&

今だったらこんなこと言われても

また始まったかぁ……

って苦笑いして終わらせられる話なんだけど、当時はここにあるように、

「当時、世の中はオカルトブーム。超能力など科学で説明しきれないものに興味が集まっていました。また米ソ冷戦や公害問題の深刻化など、不安を煽る社会情勢も背景にあり、五島氏が唱えた人類滅亡説は鮮明な終末観を植えつけました。フランス革命や日本の敗戦など、世界で起きたさまざまな現象を予言詩の内容と巧みに結びつけて紹介し、主張に信憑性を生み出しました。こうして、ノストラダムスは瞬く間に世紀末の予言者に仕立て上げられたのです」

なんていう状況だったこともあって、そんなに深刻に傾倒してたわけでもない僕の周りのひとたちでも、

ねぇ、もしほんとに世界が終わるんだったらどうする?

みたいな話はけっこう出ていたような気がする。それに当時は僕もこどもだったから、よりストレートに影響されてしまっていた。しかも僕にとってそれが特に深刻だったのは、

その1999年に、僕は手術で親元から遠く離れた病院に入院していたからだった。

僕の手術は1999年の4月の下旬で、予言を単純に解釈して1999年の7月に世界が滅亡するんだとしたら、その頃はまだギブスも外れないでベッドに固定されてる時期だとわかっていた。だから僕は、

せっかく痛いのと怖いのに耐えても、そのあとすぐ世界が終わるなんてあんまりじゃないか!

と思っていた。同じ病院に友達はいたけれど、そこには家族も誰もいない。もしそんなところで人生の最期を迎えなきゃいけないんだとしたら哀しすぎるなぁと思って、7月末なんかは特に病室で泣いて過ごしてたのを憶えている。それだけ、僕の心は周りの恐怖の情報に強く影響されてしまっていた。

だけど結局、世界は滅亡しなかった。そして僕もクリスマスを退院した自宅で過ごして、2000年を迎えた。だけどれでも、メディアから流れてくるのが哀しみの情報が多いのは変わらなかった。それは世界が哀しい場所だからなのかもしれない。だけどそんなことは、別に改めて言われたいことじゃなかった。

多摩川に現れたタマちゃんのニュースが連日流れていた時期があった

そんななか、2002年の夏、1頭のアゴヒゲアザラシが東京の多摩川に迷い込むっていう「珍事」が起きた。このアザラシは「タマちゃん」っていう名前をつけられて、日本全国の注目の的になった。僕も細かくは憶えてないけど、とりあえずの情報はWikipediaにもまとめられている。

で、このときには1頭のアザラシに日本中が注目し続ける状況に対して、一方では

こんなことばかり報道してるようでいいの?他にもっと大切なニュースはないの?

っていう意見もあった。僕自身これにも一理あるとは思っていたけれど、それ以上に

「こんなこと」に注目していられるってことは、平和でいいことだよね

と思っていて、むしろ好感を持っていた。そしてこんなニュースが、これからもちょこちょこ出てくればいいのにと思っていた。

だけどどんどん、哀しいニュースが増えてるんじゃないかという気がする

だけどそんなふうに一世を風靡した、タマちゃんのニュースもいつしか忘れ去られた。そしてやっぱり、哀しいニュースのほうがずっと多くなっている状況は変わらなかった。そして年を追うごとに、むしろ哀しいニュースや痛々しいニュースの割合のほうが多くなっているんじゃないかという気がするんだ。もう今同じように多摩川に1頭のアザラシが現れたくらいでは、ニュースにならないんじゃないかとも思う。

しあわせなできごとにニュース性がないのは、どうしてなんだろう?

でもここまで考えたうえで少し視点を変えてみると、

世のなかのニュースが圧倒的に哀しいニュースが多いのは、単に「哀しい出来事が多い」っていうわけじゃないと思う。だってきっと、世のなかで起きてる哀しいできごとと同じくらい、楽しいことや嬉しいことだってあるはずなんだから。

それなのにそういうしあわせなできごとにニュース性がないのは、いったいどうしてなんだろう?誰かのしあわせな話なんかを聴いても卑屈になっちゃうだけだから?それとも逆に、みんな心のどこかでは「しあわせなことが普通なこと」だ(新鮮味がない)と思ってるから?あるいは、哀しみに触れないと、自分のしあわせには気付けないから?

実際にはこの理由がすべて複合的に絡み合ってるんだろうし、これ以外にもいろんな理由があるんだと思う。でもこれはもうひとつ別の言いかたで言うこともできると思う。

結局それをしあわせと思えるかは、自分次第だ

それは、

たとえ誰かにとっての「しあわせ」を見せられたとしても、そこに共感できるか、そしてそれを自分も持っていたとして、自分もしあわせだと思えるかはそれぞれだってことだ。だからしあわせを共有するってことは、意外と難しいんだ

ってことだ。しかもそれは、場合によっては

自慢(ひけらかし・優越感)だろ?

って思われてしまうかもしれないし、逆に

そんなことでしあわせを感じるとか、よっぽどいいことがないんだな〜

みたいに憐れまれてしまうかもしれない。だから、それをまっすぐに伝えて、真っすぐに伝えるっていうのはかなり難しいことだ。これじゃ、それを「ニュース」にできにくいのはしかたがないとも思えてくる。

でもだからこそ、自分にとっての『しあわせ新聞』は自分で作ったらいい

でもだからこそ、それがたとえみんなに共感されるようなものじゃなくても、すごく個人的でちいさなことであっても、自分にとっても『しあわせ新聞』は自分で作ったらいいと思う。それは、自分が生きている意味を確かめるためだ。苦しみに呑まれないためだ。自分を励ましながら、生き抜く力を失くさないためだ。そして自分が今持ってるものを「当たり前のもの」だなんて思ってしまわないようにするためだ。

ちなみに今少し調べてみたら、もう『しあわせ新聞』っていうのはあるってことがわかった。

「みんながしあわせになるために」というテーマの元に、毎月2回新聞を発行しています。 しあわせ新聞: siawasesinbun.jimdo.com/

だけどそこには

みんなが幸せになるために

って書いてあるから、僕の想い描いたコンセプトと被ることはないみたいだ。僕の場合は

自分のしあわせを噛み締めて、たくさん探すために

作るものだからね。だから僕もこの先もしかしたらほんとに『しあわせ新聞』なんてサイトを立ち上げることもないとは言えないかもしれない。でもたぶんそれはたぶんないだろう。だって僕にはもうこの『四つ這いおとな』があるし、僕にはこれ以上いろんなサイトを同時に運営していく余力はないからね。ただここは「しあわせなことだけを記録する場所」じゃないけど、心の動きを記録する場所だから、しあわせ新聞の機能も兼ねてるんだよね。

「感動が安くなった」なんて表現がある。それは今の時代のひとがあまりにもすぐ、感動しました!とか、一生心に残ります!な...

だから僕も僕なりにこんな感じでいろんなことを書いていこうと思うんだけど、今日はせっかくだから最近のしあわせをひとつ記録しておこうと思う。

おかげさまで、今日はほとんどご飯をこぼさずに食べられました!
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