「植物状態の5人に1人が誤診の可能性がある」ということと、「想いを受け取ろう」という姿勢

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廃墟に棄てられたベッド

昨日、ポルトガルのボレーゴさんが「誤診」を改めてもらったことで40年以上の疾患から回復して、歩けるようになったニュースについて書いた。

こんなニュースを読んだ。【AFP=時事】43年間車椅子の生活を送っていたポルトガル人男性が、後になって誤診が判明し、50代でようやく...

ただこういう「誤診」の問題を考えるときに、どうしても思い出さずにはいられないニュースがある。

23年間意識がないと「誤診」されていた男性に実は意識があったというニュース

それが2009年に報道された、このニュースだ。

1983年11月に自動車事故にあって以来2006年まで昏睡状態にあると信じられていたベルギー人の男性が、実はその23年間ずっと意識があったことが明らかになりました。

事故当時20歳だったRom Houben氏は現在46歳、身体は麻痺(まひ)状態にあるのですが理学療法によりわずかながら運動機能を回復し、コミュニケーション用の特別なコンピューターにより忍耐の23年間を語っています。

これに続くロムさんの、

「周囲の人々に意識がないと思われていると気付いた時、最初は非常に怒りを感じました。しかし我慢することを学ばざるを得ませんでした」と現在46歳のHouben氏は語っています。事故後に意識を回復した時、Houben氏は体が麻痺していることに気付き、医師が言っていることはすべて聞こえるのに、コミュニケーションをとることができなかったそうです。

「叫んでも叫んでも声が出ないのです。夢を見るしかありませんでした」

(中略)

麻痺は事故後に数分間心臓が停止し、脳への酸素の供給が絶たれた結果でした。「わたしが感じていたものは、フラストレーションという言葉ではとても言い尽くせません」とHouben氏。違った人生を夢見て日々を過ごし、瞑想(めいそう)することで乗り切ったそうです。植物状態は誤診であるということに医師たちが気付いた時には、生まれ変わったような気持ちになったとのことです。

っていう述懐には、ほんとに胸を打たれる。だけどそれは今誤診が改められたからで、それが未だに続いていたらと考えると、心底ぞっとする。でもそういう気持ちで最後まで読んでみると、こんな文が添えられているんだ。

BMC Neurology誌に掲載された論文でHouben氏のケースについて触れたLaureys博士は、「医学の進歩がHouben氏の症例に追いついた」と語り、Houben氏のように間違って植物状態と診断され、なんとか意思を伝達したいと切望している患者は世界中の病院のベッドにいるのではないか、と示唆しています。

Laureys博士らの研究では、植物状態と分類された症例のうち誤診の割合は、現在でも15年前からほとんど減っていないことが明かされています。

こんなことが世界中でたくさん起きているなんてあんまりだと思うんだけど、その実例は別のニュースにもなっている。

「植物状態と言われているひとたちのうち、5人に1人は誤診の可能性がある」という衝撃的な指摘

12年間意識のない状態だと思われていた植物状態の男性が、脳スキャンを使ったやりとりで、実はずっと意識があり、痛みを感じてはいないことを医者に告げた、という内容の研究報告が、英国の神経科医エイドリアン・オーウェン(Adrian Owen)教授によってされました。重症の脳損傷を受けた患者が臨床的に意味の通った情報を医師に提供できたのは今回が初めてとのこと。

そしてこのニュースのなかでも、最初に紹介したロムさんの例が挙げられていて、それも踏まえたうえで、

もちろんさらに詳しく検証する必要がありますが、植物状態とされている患者の、ほぼ5人に1人には意識がある可能性があると、オーウェン教授は指摘します。

っていう衝撃的な発言がされてるんだ。もちろん数や年数だけが問題じゃないのは言うまでもないことだけど、これが「珍しい例」とも言えないんだとしたら、そこにはほんとに深刻な問題があると思う。

「このひとにも意志がある」ってことを、どこまで信じられる?

このことを考えるのに、まずちょっとこれを読んでみてほしい。

2016年9月27日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、神奈川県相模原市で発生した、障害者施設殺傷事件の犯人が「意思疎通できぬ人刺した」と主張していたことに対し反論していた。

太田は、「施設にいる人たちは、たしかに普通の言葉を喋れないかもしれない。色んな表現ができないかもしれない。でも、彼らの周りには、彼らを大切に思って、彼らが生きていてくれなかったら困るって人、たくさんいて」「彼らがウーッって言ったときに、『これは何を表現してるんだろうか』って、一生懸命受け止めようとしてる」「本当に大切なのは受け取る側の感受性」と語り、入所者たちと介護者たちの間にコミュニケーションは存在していたはずだ、と指摘していた。

2016年9月27日放送のTBSラジオ系のラジオ番組『爆笑問題カーボーイ』(毎週火 25:00-27:00)にて、お笑いコンビ・爆笑問題の太田光が、神奈川県相模原市で発生した、障害者施設殺傷事件の犯人が「意思疎通できぬ人刺した」と主張していたことに対し反論していた。太田は、「施設にいる人たちは、たしかに普通の言葉を喋れ...

ここで太田光さんが言っている、

本当に大切なのは受け取る側の感受性

っていうのは、ほんとに大切な視点だと思う。そしてそのことをより直接的に伝えてくれるのが、僕も数年前に出会って以来ずっと大切にしている本、川口有美子さんの『逝かない身体―ALS的日常を生きる』だ。その一節を引用してみる。

私は単刀直入に聞いた。

「ママは死にたいのではないでしょうか」

すると、橋本さんはきつい顔になった。

「死にたい人間なんていないよ」

「でも、もう母はTLSで何も伝えられないんです」

橋本さんと比較してはいけないが、同じ病気なのに、こんなにも進行速度が違うなんて母が不憫だ。母のALSはあまりにも過酷だ。違う病気だと言われたほうがましだ。

そう思うと、目頭から涙があふれてきた。

「泣き虫だね」

みさおさんは呆れたような顔をしていた。橋本さんの口元を読み取っていた学生もにやにやしている。

「根性が足りないからTLSになる」

「え?」

私はその言葉に耳を疑った。

この人は自分より重篤なALS患者に会ったことがないのだろうか。

そんなはずはない。全国行脚して患者家族を励ましているからには、母と同じような人にも出会っているはずだ。

「すごく進行が早いタイプで、告知からほんの二年半でTLSになりました。橋本さんとは全然違います」

(中略)

そのときの私には、橋本さんのメッセージの意味はよくわからない、ということだけがわかったのだが、その後、橋本さんにお供するようになって初めてこのときの橋本さんの言わんとしたこと―ALSとのコミュニケーションは受け手側の努力次第―がわかったのである。

こういうのを聴いて僕が切実に感じるのは、

結局、「このひとにも意志がある」ってことをどこまで信じられるかっていう問題だ

ってことだ。もっと言うと、これは

「このひとにも楽しく生きようとする意志がある」ってことを、どこまで認めて、尊重できるかっていう問題だ

と思う。

「このひとの意志なんか関係ない」と思われてしまったら、そこですべての話は終わる

これは別に、僕が歩けるとか歩けないとか、口で話せるとか話せないとか、文字を書けるとか書けないとか、そんなこととは根本的には関係ないことだ。たとえ僕がどんな状況にあるどんな存在であったとしても、周囲から

このひとの意志なんか関係ないよ

なんて言われてしまったら、そこですべての話は終わりだ。ここで「関係」という言葉を持ち出したのにも理由がある。

たとえ「あなたにも意志がある」ってことはわかってもらったとしても、「だからってそんなことはどうでもいい」って思われてしまったら、そんな意志はないも同然になってしまう。だって僕たちは、「関係性」のなかで生きているんだから。

こういうふうに考えると、なんで「植物状態の誤診」っていうのがそんなにもたくさん起きるのかも納得ができる気がする。

これは「想いを受け取ろう」という姿勢がすり減って、破壊されて、失くなってしまった結果だ。もちろん、そこに至るまでにはいろんな理由や、葛藤や、絶望があったんだとも思う。だけどそうだとしても、あるいはだからこそ、それはあまりにも、哀しいことだ。

だから僕は、相手の想いを受け取ろうという意志をちゃんと持ち続けたいと思う。そして自分の意志もちゃんと伝え続けようと思う。だって、僕は生きているんだから。そして僕には、あなたが見えているんだから。だから一緒にいたい。それだけなんだから。

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