『アタシ・イン・ワンダーランド』。バリバラ・ドラマ第3弾のこの作品は、けっこうおもしろかった

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おもしろいかぼちゃたち

昨日9月18日に放送された、このドラマを観た。

「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティー」の人たちにとっての

『アタシ・イン・ワンダーランド』。バリバラ・ドラマ第3弾となる作品

これは

バリアがなくなると、生きることが楽しくなる!障害者情報バラエティー!『バリバラ』
「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティー」の人たちにとっての

に続く「バリバラ・ドラマ」第3弾となる作品で、今までが幻想的(フィクション)なストーリーだったのに対して、今回は現実に即したストーリーだったことが特徴だったと思う。そして個人的には、今までのなかでいちばんおもしろかった。

それは端的に言えば、

今までのは「食べると障害がなくなる禁断の実」っていうものを通して、ある意味逆説的に「障碍者とは?」っていうことを問いかけてたのに対して、今回はより直接的でいちばん力強いかたちで、その問いを投げかけていた

からだと思う。これはこないだバリバラが率先して「感動ポルノ」の問題点を追及したのも活かそうとした結果でもある

と思うけど、そのとき

障碍者を「描く」ということ自体に限界があるよね

って言った僕にとっても、これはかなりいいドラマだったと思うんだ。このあとも具体的に例を挙げながら感想を書いてみるね。

「字幕がない」っていうのは、実は大きな英断だったと思う

このドラマはストーリーだけを表面的にまとめちゃえば、

最初は障碍者に偏見があったひとが、日常的な関わりの積み重ねによって相手を理解していく

っていうよくありがちな話になっちゃうんだけど、ひとつ僕が気付いて感銘を受けたのは、

そこにいるひとたちの言葉(発言)に字幕が付いていなかった

あのドラマはもちろん収録作品なんだから、字幕を付けようと思ったらもちろんできたはずだ。そして単純に言えば、あの施設にいるひとたちのなかには、言葉が聴き取りにくいひとも多かった。それに毎週の放送でも、話しにくさを持っている玉木幸則さんの発言には字幕が付いてることも多い。それは発言が重要だからってこともあるとは思うけど、それだけじゃないと思う。

だけど今回は、誰の発言にも字幕なんか付いてなかった。もちろんドラマに字幕が不自然だっていう理由もあるとは思うけど、慣れてなければほとんど聴き取れない、もっと言えば日頃の付き合いで少しは慣れてるはずの僕ですら聴き取れないくらいの発言(会話)も、そのまま流されていた。これは実のところ、けっこうな決断だったんじゃないかと思う。

でも、そのことがむしろそこにいるひとたちの「そのままの日常」に接近してる感じがしてすごくいいドラマになってたと思う。それにまさしく「ワンダーランド」に入り込んだアリサさんの気持ちに観てるひとが寄り添いやすくなっててよかったと思うんだ。当たり前だけど、現実に字幕なんてないんだし。

わざとらしく感じられる演出も多々あったけど、現実の力もよく見せてくれてたと思う

ただこれはドラマだから、やっぱりわざとらしく感じられる演出も多々あった。その端的な例をひとつ挙げれば、最後のほうでアリサさんが施設を取材するドキュメンタリーのプロデューサー(ここで現実と虚構が交錯している)にいろいろ食って掛かりながら想いを伝えるところだったと思う。これはさすがに、

ここまでの変わりようは、ちょっと早すぎるんじゃない?

って思っちゃったけど、30分っていう限られた時間のなかで、ドラマ全体のメッセージを凝縮して伝えるためには、ああいうかたちで詰め込むのもしかたなかったんだと思うし、

周りの評価とか経済的生産性で縛らないで、好きなことを好きなようにできるような場所にしたいし、そういう態度で接し合いたい

っていうメッセージは、ほんとに深く共感するものだった。

あと僕は最初、ここに出てくる「やまなみ工房」っていう場所を実在の施設だとは思ってなくて、その名前からあの事件への想いも込めたささやかな演出なのかと思ってたんだ。でもエンドロールでそれが実在の場所なんだということがわかって、このドラマに込められた「現実の力」の強さを、より深く感じることができた。

やまなみ工房のウェブサイトはこちらです。

やまなみ工房,滋賀県甲賀市甲南町葛木872番地

やまなみ工房に通う人達にはそれぞれに「これをすることで私は幸せである。」があります。

やまなみ工房の“日常の中のある日”を覗いてみると、一人一人がそれぞれの方法で“特別な自分”を毎日表現しています。

粘土で何かを作る事が好きな人、絵を描くのが好きな人、歌うことが好きな人や刺繍が好きな人、おしゃべりが好きな人もいれば、一人静かが好きな人、元気よく体を動かす人、じっとするのが好きな人、好きな事や得意な事は様々です。

しかしその表現の多くは今日の一般社会の中において、対価に結びつく事が難しく、行為そのものの価値や彼らの本質が見失われることも少なくはありません。

互いの違いを知る事。

それぞれの価値観を大切にする事。

描きたいように描いてみよう。

つくりたいようにつくってみよう。

君は君らしく生きてみよう。

と続くこの言葉は、素朴でありながらほんとに力強いと思います。

来週25日に放送されるアフタートークも、とても楽しみだ

それに今週の本編に加えて、来週25日はメイキング映像なども見せながら撮影の裏話なども語り合う「アフタートーク」が放送される。これも今からとても楽しみだ。

そして今読めるサイトの文章にも、

「やまなみ工房」には、自分の意思を言葉で伝えることができない人たちも大勢いる。彼らには、決められたセリフは一切ない。

どこまでがドラマで、どこからがドキュメントなのか?「バリバラ」×「やまなみ工房」の化学反応で不思議な世界が生まれた。

って書いてあるけど、このアフタートークでさらにその核心に迫れたらいいと思う。そして僕もここで、自分の違いや価値観を大切にしながら、表現し続けていきたいと思う。

その後、予定通り9月25日にアフタートークが放送されました。

バリバラ×やまなみ工房 ドラマ・アフタートークのページ。「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティー」の人たちにとっての
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