『障害者にとっての<性>と<生>を考える』っていう対談はすごくおもしろかったけど、ここにはぜひあのひとを呼んでほしかった

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愛の葉っぱ

最初にこの対談記事を読んだのは、1か月前のことだった。

『障害者にとっての<性>と<生>を考える』っていうテーマの対談を、読まないわけにはいかないよね?

これは『障害者にとっての<性>と<生>を考える』っていうテーマで行われた、6月9日の対談を基にした記事だったんだけど、こんなテーマで来られたら、読まないわけにはいかない。ただこれは全3編の構成になっていたから、全体が見えてから書こうと思っていたら、こないだやっと完結したから、感想を書いてみようと思う。全3編を順番に並べると、こんな感じね。

まず、この対談は、いわゆる「フェミニスト」の権威である上野千鶴子さんと、重度身体障碍者に対する「射精介助」というとても繊細な活動を行っているNPO法人『ホワイトハンズ』の代表理事、坂爪真吾さんの2人で行われたものだ。

最初パッと聴いたときは、

なんでこの組み合わせなの?

って思ったんだけど、これはどうやら坂爪さんの東京大学時代の指導教官が上野さんだったっていう縁があるかららしい。だけどもともと、「性的サービス」(セックスワーク)っていうのはすごくいろんな価値観をすり合わせたところにしか存在し得ないし、日本ではそれを真正面から議論するのは特にすごく難しいし、それをいわゆる「フェミニズム」の立場からいろいろ言われたら、そりゃあ坂爪さんがかなり苦戦するだろうなぁと思っていたら、やっぱりそんな感じの印象はあった。でもそれを踏まえても、僕としてはすごくおもしろくて、興味深い対談だった。

このあといくつか僕にとってのポイントを引用しながら、僕なりの感想や意見を書いていこうと思う。

「射精介助」っていうのは、性のケア、性のQOL(の維持)の問題だ

まずやっぱり大きな課題になるのは、この「射精介助」っていうのをどう捉えるかっていう部分だ。そこでそれぞれの価値観が、大きく問われることになる。それは端的に、このやりとりに凝縮されている。

上野 つまり、射精産業?

坂爪 介護という文脈でやっています。

このやりとりを収録した全3部の前編のタイトルは、

「風俗」と「射精介助」、どう違うのか?

ってなってるけど、ここで上野さんが言う

つまり、射精産業?

っていうのはいわゆる「風俗」に置き換えてもいいと思う。そしてそれに対して坂爪さんはこれを「介護」だと言っている。これを今の僕なりの理解で言うと、

風俗は「贅沢品」だけど、射精介助は「生きるのに欠かせないもの」だっていう認識がある

ってことなんだと思う。それはホワイトハンズのウェブサイトにある、

ホワイトハンズが提供する性のケアは、単なる性欲処理、性的好奇心を満たすためのケアではなく、利用者の人としての尊厳=「自尊心」を守るためのケアです。

(中略)

この「性のケア=自尊心のケア」という理念への賛同、これが一番の基本です。脳性まひ・神経難病をはじめとする男性重度身体障害者・難病患者の性のケア=「性のQOL」のマネジメントを行うお仕事です。

っていう表現にも表れていると思う。それは今回の対談のなかでも、

坂爪 定義的な部分では、風俗は娯楽としてやっている部分が多いと思うんですけど、ホワイトハンズは介護という枠組みの中で、性の健康と権利を守るという立ち位置で行なっています。

上野 その「性の健康と権利」だけども、性欲を満たさなくて死んだ人はいないのよね(笑)。

坂爪 ただ、やっぱりQOLはガクッと下がると思うんですよ。

上野 そんなもんですか。

坂爪 はい、特に男性はやっぱりそういう方が多いですね。

っていうところで言われていることだ。

「介護」なら、なんで同性で行わないの?

だけどこれを介護の文脈で捉えると、今度はやっぱりこういう問題が出てくる。

上野 男性障害者対象に射精介助をやっているわけね。ただ、障害者介助の原則に「同性介助」というのがあるよね? ホワイトハンズさんは、原則それをやっておられると。

坂爪 基本は異性介助です。

上野 あ、基本、異性なんですか?

坂爪 女性スタッフが男性利用者にケアを行っています。一応は利用者の側が性別を選べるという仕組みにはしているのですが、ほぼ全員、女性を選ばれるので。

(中略)

上野 なぜそこは同性介助じゃないんですか? 「マスターベーション介助」といったら、マスターべーションは自分の手なんだから、同性に決まっているじゃないですか?

坂爪 やっぱり、同性にされるのに抵抗があるという方がすごく多くて。同性でもいいという方も中にはいらっしゃるんですけど、やっぱり多数派は「女性のほうがいい」と。

そう、このホワイトハンズの根底にある考えかたは、

本来性の健康を護るためには自慰行為(マスターベーション)ができればいいんだけど、自力でそれができないひとのためにそれを介助する、だからこれは娯楽(贅沢品)としての風俗じゃない、「射精介助」なんだよ!

っていうものなんだと思う。だけどそれを「介護」と言うなら、そのときには同性介護の原則がある。もっと正確に言うと、

男性を女性が介助するのはいいけど、女性を男性が介護するのはなしね

っていうことであって、これは特に着替えとか入浴の際に重視されることなんだけど、これは病院での看護師さんと男性との関係を考えてもわかるように、

男性が女性に介護されることに対して抵抗を感じるっていうことは、その逆に比べてはるかに軽視されている。

だからほんとはこの問題はもう少し深めて考えてもいいところだと思うんだけど、ひとまず

介護っていうなら同性介護が原則でしょ!

っていうのを受け止めたうえで考えると、こういう意見も出てくる。

上野 でも例えば、按摩さんとかマッサージに行くということであれば、基本は同性介助でもいいですよね? その時に異性を送り込むって、何なんだろう?

坂爪 たしかに、そこは突っ込めるかとは思うんですけど、逆に、「同性しか派遣しません」となっちゃうと、そもそも依頼が止まっちゃうと思うんですよね。

上野 そうでしょ(笑)。じゃあ、利用者の側には異性の介助者に対して、ある種のセクシュアルファンタジーがあってそれを利用してるんですね。

坂爪 そこは否定できない部分だと思います。

そう、確かにホワイトハンズの利用者が求めているもののなかに、「ある種のセクシュアルファンタジー」があるってことは否定できないと僕も思う。でもそれは、ひととひととの「触れ合い」っていうものを求めるなら、そこにある種の「ファンタジー」が入るっていうのもしかたがないんじゃないかとは思うんだ。それは坂爪さん自身が、

利用者の方は、「無言で機械的に射精介助を行うスタッフ」を求めているのではなく、「世間話をしながら、和気あいあいとした雰囲気でケアを行ってくれるスタッフ」を求めています。特に話し上手である必要は全くありませんが、利用者の方ときちんとしたコミュニケーションをとることのできる、最低限の教養と会話能力は必須になります。

って書いてあるとおりだ。だって僕たちは射精介助じゃなくても、それが調理代行でも入浴介助でも排泄介助でも、自分の生活空間のなかで、どうしようもなく弱いところを見せてるんだから、それをただ淡々と無機質に応対されても苦しくなる。それがたとえ「ファンタジー」(擬似的なもの)であっても、ひととひととの関わりを、温かな関わりを求めてしまうのは、しょうがないっていうか、自然なことだと思う。

「『恋愛も基本的人権だ』っていうのはとんでもない誤解ですよ」

話も佳境に入って、会場との質疑応答が始まったとき、そこにいたAV監督の二村ヒトシさんがこういう発言をする。

疑似恋愛を売っているわけではない介助者を「女性であったほうがいい」というのは、「人間には異性(ゲイであれば同性)の他人と性的な行為をする権利がある」という思い込みです。オナニーをする権利は誰にでもあるから、障害でそれができないなら介助は必要だし、同性の手の感触が好ましくないなら介助者がオナホールを使えばいい。でもオナニーではない性的接触や恋愛関係というのは、その人なりのコミュニケーションによって獲得するものであって、あらかじめ誰にでも平等に与えられているのではない。

これはその前の対談のなかにあった、

上野 だとしたら、やっぱりそれぞれ関係のスキルを磨いてもらうしか仕方ないじゃない。大昔、宮台真司さんと対談した時に、「他人と関係したければコミュニケーションスキルを磨け、それができなきゃ死ぬまでマスターべーションしてろ」と言ってひんしゅくを買った(笑)。死ぬまでマスターベーションしている方が、他人の肉体を巻き込む必要がないから、平和です。それで、ずいぶんご批判を受けたんですけど、なぜでしょう?

坂爪 たぶん、コミュニケーションスキルを磨きたくても磨けない人とか、どうしようもない人とかはいっぱいいて……。

上野 そういう人は関係を諦めたらいいじゃないですか。

坂爪 いや、そこで諦められないのが、人間の性(さが)ってものじゃないんですかね。

上野 誰だって、ほしいものは努力して手に入れるものでしょ。努力もしていないのに、ゲットできないからって、怒ってもしょうがないよね。

っていうのとも関係があるとも思うけど、これはこう言われてしまうと確かにそういう部分もあると思う。ただこういう意見も受け止めたうえで、もともとホワイトハンズの基礎にあった

「性のケア=自尊心のケア」という理念

っていうものを考えてみると、その答えはひとつではないと思う。そして今の日本での価値観や議論とはぜんぜん違うけどたとえば、オランダでは

「私たちは石ではない。どんな重い障害でも、性的欲求はある」。

っていう理念のもと、「射精介助」なんて次元じゃない、「有償のセックスサービス」として活動している団体もある。じゃあそれは風俗じゃないかって言われたらそうでもない。

だってそこには、公費からの助成があるんだから。

だから結局これは、昨日言った「ひととしてのしあわせ」をどこにおくかっていう問題と、根本的には一緒なんだと思う。

「せめてどのくらいのしあわせはみんなに行き届いてほしいか」っていうことを話し合うのが、すべての出発点な気がする
率直に見れば、今の自分たちがいる社会が「競争社会」だってことはわかりきってる。そしてそうである限りは、どうしたって「勝者」と「敗者」が生まれ...

もちろんこれは簡単に答えを出せる問題じゃないし、みんなの合意がないといけないことではあるけど、僕も真摯に、向き合い続けていきたいと思う。あと特に「性欲」の問題については、前にここにも書いた。

「性欲」というものを僕なりに、ちょっとまじめに考えてみる
きっかけは、この文章を読んだことだった。そして僕はここで初めてこの『hなhとA子の呪い』という作品を知ったんだけど、これは確かに、僕...

僕はこの対談に、あのひとも参加してほしかった

ってことでこれはやっぱりすごく繊細で、考えても考えても尽きない問題ではあるんだけど、僕個人的にはこの対談に、ぜひ参加してほしかったひとがいた。

そう、乙武洋匡さんだ。

っていうか僕は彼が裏に籠もってしまった直後から、彼が今までの「乙武洋匡」の仮面を外して、もちろん芸能人である限り完全には脱げないとしても、少しでも本来の「乙武さん」の姿に近づくために、ホワイトハンズみたいなひとたちと性を語ってくれることを楽しみにしていた。

「乙武洋匡」が「ホワイトハンズ」や「ホーキング青山」と下ネタを語る日
昨日たまたま「乙武洋匡」についての文章を書いていたとき、僕はまだ世間の「騒ぎ」を知らなかった。だけどそれを公開したあと、まさにその本...

だから今回の対談は、そのひとつのいいチャンスだったと思う。そこに彼がいたらなんて言うのか、聴いてみたかった。いやもちろん、乙武さんじゃなくてホーキング青山さんでも熊篠慶彦さんでもいいんだけど、ああいうひとたちが1人でもこの場にいたらどんなふうな話になったのか、ほんとに聴いてみたかった。これからでもいいから、実現しないかなぁ。

最後に、もうひとつだけ書いておきたいことがある。この文章のなかには「射精」とか「マスターベーション」とかいろんな言葉は出てくるけど、徹頭徹尾大まじめな問題意識に基づくものだ。それでこのサイトにはグーグルアドセンス(広告)が掲載されてるんだけど、その規約では露骨な性表現やアダルトコンテンツは禁止されている。そしてその基準は、

サイトのコンテンツがアダルト コンテンツに該当するかどうかの判断に迷う場合は、そのコンテンツを子どもに見せても問題がないかどうか、職場の同僚の前で閲覧しても恥ずかしくないかといった基準を目安にしてください。

って書かれている。僕はこれを子どもや職場の同僚に見せて恥ずかしいような内容だとは思っていないんだけど、もしこれがグーグルの判断でアウトになるなら、それはある意味では社会の価値観を示してると言えると思う。だから実験も兼ねて、このまま公開しようと思う。もし数日後広告が取り下げられていたら、

そういうことね

と思ってもらえればと思う。

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