『多角形のたとえ話(Parable of the Polygons) 』。社会とひとの心の関係、そして未来についていろいろ考えさせてくれるゲーム

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多角形のたとえ話(Parable of the Polygons) 1

差別について考えるのは難しい。たとえそれが現実にたくさんの問題を生み出していることに気付いているとしても。だってそれは自分の心と向き合わなきゃいけないってことだから。そしてそれは、自分自身が気付いていない心の奥底まで潜らなきゃいけないってことだから。

でも、そういう現実の社会や、自分自身の心と向き合うために、まずはもっと単純なとっかかりを頼りにするのもいいと思う。そしてそんなきっかけになりそうなゲームを、実際に作ってくれてたひとがいたんだ。

『多角形のたとえ話(Parable of the Polygons)』。この単純なゲームは、たくさんのことを示唆してくれる

そのゲームっていうのがこれだ。

A playable post on how harmless choices can make a harmful world.

どうやらこれはもともと外国で作られたゲームみたいだけど、いろいろな言語に翻訳されていて、日本語版も用意されてる。

それでこのゲームは、簡単にまとめちゃえば

みんながしあわせ(少なくとも不満がない状態)になれるまで、それぞれのひと(形)を移動させていくゲーム

だって言えると思う。そしてそこには、ひとつのルールがある。

あなたが動かせるのは、すぐそばのお隣さんが気に入らないために不幸せな顔をしている形だけです。 一旦お隣さんの問題がなくなれば、あなたはその形がお隣さんがが気に入らなくなって不幸せになるまで動かせません。 ここでは以下のごく単純なルールが一つだけあります。

「自分と同じ形をした仲間が、すぐそばのお隣さんのうち1/3未満しかいなくなった時には、自分もよそを探して引っ越しします。」

そのルールを画像で示したのがこれだ。

多角形のたとえ話(Parable of the Polygons) 2

そしてそのあとに、

これって、どうってことはないですよね? どの多角形も程よく混ざり合ったご近所が良いと思っているのですから。 彼らの小さな偏見が多角形の社会全体に影響を及ぼすなんてことはないでしょうね。 いや、それとも…

なんて思わせぶりなことが書いてあるけど、実際やってみたら、どうなるかはよくわかる。

個人のほんのちょっとした想いが、社会全体に大きな影響を与える

このゲームは遊びながら、その度にゲームの設定(それぞれの形が持つ想い、それに社会の初期状態)を変えていくことでなにが起きるのかを確かめて、いろんなことに考えを巡らせることができるようになっている。その結果はぜひあなたにも自分で確かめてみてほしいと思うけど、僕も実際にやってみてほんとによかったと思う。そのなかでも特に僕のお気に入りは、このミニゲームだ。うまくみんなを一緒の箱に入れられたときは、とても嬉しかった。

多角形のたとえ話(Parable of the Polygons) 3

どんな社会にしたいかは、みんなで考えて、みんなで決めることができる

そのミニゲームの前後には、

どんな状態が許容できるのか、という考えをほんのちょっと変えるだけですっかり良くなったのです。 というわけで、みなさん三角形対四角形の戦いではない、ということをよく覚えておいてください。 これは、それぞれの人がどのような社会にしたいのかということを決めることができ、不満足な状態で我慢する必要がないということなのです。

最初は、自分の慣れたところから離れるのは淋しいことかもしれません。 でも、皆で力を合わせてちょっとずつ進めば、理想にたどり着けるのです。

って書いてあるけど、これはほんとに心強い言葉だと思う。そしてこの全体のまとめとして書かれている

1. 個人のちょっとした偏見 → 社会全体としての大きな偏見。

ある人が、ある社会について「こだわりのある社会である」というのは、その社会の個々人が偏っているということを言っているわけではないのです。 個人攻撃をしているわけではありません。

2. 現在は過去につきまとわれています。

あなたの部屋の床が汚いのをきれいにするためには、食べ物かすを散らかすのをやめるだけではだめです。 平等な社会を作るというのはちゃんと掃除をするようなものです。それなりの労力がかかりますし、継続して行わなくてはなりません。

3. 近所に多様性を求めることからはじめよう。

もしほんの小さな偏見から、現在の困った状況が生まれているのであれば、ほんの小さな反・偏見を持つことによって修正できるかもしれません。 周りを見渡してみてください。あなたの友人、同僚、そしてあなたの参加している会議で。 もしみんなが三角形だったとしたら、素晴らしい四角形を持つ人生というものを逃しているのかもしれません。 それは皆にとって良くないことです。すぐそばのお隣さんだけでなく、その先の人々にも目を向けてみましょう。

っていう言葉もよく考えて、自分なりに表現していきたいと思う。だって僕の住みたい社会は、未来は、その先にあるんだから。

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