車いすはからだの一部だから、そこに触らせるのは信頼の証なんだよ

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車いすに乗って遊んでいる光景

これはひとによっても違うとは思うけど、僕にとって「車いす」っていうのはすごく不思議な存在だ。僕は車いすに乗って生まれてきたわけじゃないし、今も家のなかで四つ這いになりながらこの文章を書いているから、車いすには乗っていない。そう考えると、車いすは僕とは別個にある「独立した存在」として捉えることもできる。

でも、車いすに乗っているとき、車いすはもう「からだの一部」だ

でも、いったん車いすに乗ってしまうと、それはもう僕の「からだの一部」として存在することになる。一応僕は自分のことを「車いす乗り」という言葉で表すんだけど、これは車いすを「利用する」(利用者・車いすユーザー)っていう感覚は、僕の体感には合ってないからだ。でも、もっと正確に言うと、車いすに「乗っている」という表現もまだ完全にはしっくり来ていない。

だってその瞬間、僕は車いすと同化している

からだ。そこに自他の区別は存在しない。もう少し別の言いかたで言うなら、

車いすは僕のからだを拡張する(車いすは僕のオプションパーツだ)

とも言えるかもしれない。車輪をこげば、自分のからだが動く。これは「足を踏み出せば、前に進む」っていうのと意味合いはまったく同じことだ。だからやっぱり、車いすは僕のからだの一部なんだ。

「からだの一部に触らせる」っていうのは、信頼がないとできることじゃないよね?

これはたぶんみんなだって同じだと思うけど、「からだの一部に触らせる」っていうのは、信頼がないとできることじゃないよね?

でも車いすは乗り降りできるんだから、「からだの一部」っていうのはちょっと大げさじゃない?

って思うひとは、靴とか手袋なんかを想像してくれればいい。

初対面のひとがあなたの靴や手袋をベタベタ触ってくるのは、なかなかの抵抗を感じるんじゃない?

こうやって考えてもらえたら、僕の感覚も少しは、共有してもらえるんじゃないかと思う。

でも僕の場合、どうしても触ってもらわなきゃいけないときがある

ここまでを踏まえたうえで、僕の場合そんな「からだの一部」に、どうしても触ってもらわなきゃいけないときがある。それは、「車いすを押してもらうとき」だ。

僕は一応、車いすを自分でこぐこともまったくできないわけじゃない。でもある程度の距離をこぎ続けると疲れてしまうし、そもそも

「移動」っていうのは「その先にあるもっと大きな目的」のためにすることがほとんどなんだから、そこにエネルギーを遣いすぎるのは本末転倒だ。

たとえば映画館に映画を観に行くとして、そこに行くまでに車いすをこぐことでぐったり疲れてしまったら、肝心の映画を楽しめなくなってしまう。そんなのはバカげてるよね?だから僕は基本的に、車いすは無理せずに押してもらうことにしているんだ。

でも実は、

こうやって「誰かに車いすを押してもらう」っていうのは、肉体的にはラクな反面、精神的には少し緊張する場面でもある

んだ。それはさっき言ったとおり、車いすを押してもらうっていうのは、僕のからだの一部に触らせるっていうことだからだ。もっと言えば、

「車いすを押してもらう」っていうのは、「自分の全支配権を委ねる」っていうことだ

とさえ言ってもいい。わかりやすい例で言えば、もし僕の車いすを押しているひとが僕を倒そうと思えば、それは簡単にできる。横向きの力を加えれば、車いすは簡単に倒れてしまうんだから(車いすは前後の揺れには多少の耐性があるけど、横倒しには圧倒的に弱い)。それにそこまでの扱いは極端にしても、こっちが思いもよらないスピードで押されたらびっくりするし、急に段差に激突されるとその衝撃はからだ全体を襲うことになる。だけどこういう感覚は、普段自分が車いすに乗っていないひとにはなかなか理解されない。少なくとも、ある程度の「慣れ」が必要になることだ。そしていずれにしても、その結果は僕自身の身に跳ね返ってくることになる。

だから、車いす乗りのなかでも腕の力とかがしっかりしてるひとだと、

俺はなにがなんでも自分でこぐから!

なんて信念を持ってるひともけっこういる。だけど僕は身体能力的にもそれは無理だ。

あと、

じゃあ電動車いすにすればいいんじゃないの?

っていう疑問を持つひとも出てくるかもしれない。でも電動車いすはそのモーターやらバッテリーとかの重さのせいで、手動車いすよりとても重たくなる。それに折りたたみとかの携帯性も悪くなる。っていうことは、一般的なタクシーの車両に積めなくなったり、小回りが利かなくなったり、いろいろ不便なことも多くなる。しかも

電動車いすが連続走行に耐えられるのは理想的な環境でもだいたい30キロメートルくらいで、いちどバッテリーが空になると充電完了までには3時間以上かかる。

そしてそのあとは手動車いすより重たいわけだから、押してもらうひとの負担も大きくなる。それに、予備のバッテリーを持っていったらまた荷物が増えることになる。

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福祉機器(電動車いす・骨格構造型義足)の研究開発、および製造販売メーカー株式会社今仙技術研究所の公式ホームページ

こういったことをすべて考え併せると、少なくとも今の僕にとって、電動車いすは根本的な解決にはならない。
だから結局、車いすを押してもらうというのが、現時点ではいちばんいい答えだと僕は思ってる。そしてそこからは、僕と相手との間でのコミュニケーションが生まれるんだ。

僕はもうすべてを委ねてるんだから、こっちだっていろいろ話しかける

たとえ相手がそう思っていなくても、車いすを押してもらうっていうのは僕にとってかなり勇気の要ることでもある。それは文字通りの意味で、自分を明け渡すことでもある。だから僕は、たとえ出先で少し坂道を押してもらうだけの間であっても、できるだけ相手に話しかけるようにしている。それは、こっちの緊張をほぐすためでもある。

だって、

わけわからないひとに、後ろに立たれて、上から見降ろされて、かつ完全に身を委ねるっていうのはあまりにも怖いでしょ?

だからこっちだって少しでも相手のことを知りたいと思うんだよ。もちろん、いきなり声をかけたのにもかかわらず助けてくれるような優しいひとなんだから、その時点で最低限の信頼は持ってる。っていうか、持たないとやってられない。でもそのうえで、もし相手との心理的な距離を少しでも縮めることができたら、それは僕にとってもとても嬉しいことだ。だから僕は、わりと積極的にコミュニケーションを取ろうと思ってしまう。

もちろん、相手が言いたくもないことを根掘り葉掘り訊くとか、そういうことはしない。でも、

助けてくれてありがとうございました。実は僕、今日は○○に行く途中で……

くらいのことをいうことはよくある。それにせめて、別れ際に笑顔を向けるとか、それくらいのことはしようと思っている。それは相手の気持ちに感謝する素直な行為でもあるけど、実は僕自身にとって必要なことでもあるんだ。

「段差ありますよ〜」とか「もう少しスピード緩めましょうか?」なんて訊いてくれると、とても感動する

でもなかには逆に、押されている僕の気持ちをいち早く察知して、

段差ありますから少しガタンってなりますよ〜

とか、

スピード早すぎないですか?もう少し緩めましょうか?

なんて訊いてくれるひともいる。もちろん僕だって自分から、段差を超えるための前輪の浮かしかたとか、適度なスピードとかは相手に伝えるんだけど、それをこっちが言う前に考えてくれるひとに出会うと、僕もほんとに感動する。そしてその日1日を、とても温かな気持ちで過ごせるようになる。僕としては、「車いすを押してもらう」っていうことは、それだけ大きなことなんだ。

だから車いすのことも、もっと大切に扱ってほしい

ただこういう気持ちはひとによっても違うかもしれない。だけどそれでも間違いないことは、

車いすが壊れたら、そのひとはすごく困る

っていうことだ。それに車いすは高価だし、公的補助を受けて買い換えるには、少なくとも5年は乗り続けなきゃいけない。だからそういうところだけを見ても、車いすはとても大切なものだ。それは

からだの一部であると同時に、かけがえのない相棒でもある

んだ。だけど僕も含めて、それをきちんといたわって遣っていくためには周りのひとの協力が必要だ。だからたとえばあなたが車いすを押すときには、車いすを積み降ろしするときには、相手のからだの一部に触れるときと同じように、大切に扱ってあげてほしい。それがされないなら、僕は心を開くのが難しくなる。

でも僕はこの際だから、誰に対しても最低限の信頼は持とうと思ってるんだ。それにもちろん、こうしてほしいっていうことがあったらちゃんと相手に説明する。そうすることで、僕たちは少しずつでも理解し合えると信じている。そうじゃなきゃ、僕は車いすを押してもらうなんてできなくなる。それに、生きていくこともできなくなる。
だから僕は、あなたを信頼しているんだ。

あと僕がこうやって車いすに乗っていると、ある程度仲良くなった友達とかが、

ちょっと俺にも乗らせてくれない?

なんて言ってくることがある。

でも実際それって、

今お前が着てる服、ちょっと脱いで俺に着せてくれない?

って言ってるのと同じことだからね?

言っとくけどその座面には、僕の体温とか染みついてるからね?そしてそのあと、また僕が座るんだからね?

まぁ、それでも座りたいって言うなら、別にいいんだけどさ。けどせめて、大切にしてあげてよね。だからって代わりに僕があなたの服を着たいとは、まったく思わないけど。

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