車いす乗りが並んでいたとしても、付き合ってるとは限りませんからね!

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車いすに乗るバービー人形

ひとは自分と似たひとを好きになるの?それともじぶんと違うひとを好きになるの?

なんて話題はよくある。それに

似た者同士、お似合いなんじゃないの?

なんていう言いかたもある。この「似た者」を判断するのには、性格だったり、好きな食べものだったり、音楽と服装の好みだったり、いろんな要素があるとは思うんだけど、いちばん単純に「見た目」が影響している部分も大きいかもしれない。

「車いす乗り」っていう共通項だけで、仲がいいとは限らない

僕の通っていた大学は、まだまだ福祉が充実しているとは言いにくい面があって、全体的に障碍者の大学進学率が低いことを踏まえても特に少なかったし、そのなかでも車いす乗りの学生の数はさらに少なかった。そんななかで、僕の何年か上に車いす乗りの女性(仮に佐藤さんとするね)がいたんだけど、僕が福祉に関心が高い教員や、予算の用途を考えている事務員なんかとのやり取りをする機会があったとき、こんなことを尋ねられることがあったんだ。

あのさ、君はあの佐藤さんがなにに困ってるかとか聴いたことない?

ここで僕が素直に、

いや、接点がないんでわかりませんね……

なんて言うと、

そうかぁ……。あの子内気だからさ、なかなか話ができなくてね〜。でも君なら車いす同士だし、仲良いんじゃないかと思って。それにさ、今からでも遅くないんじゃないか?いろいろ同じ境遇のひと同士の話題もあるだろうし。向こうだって、声かけられるの待ってるかもしれないよ?

なんて言ってくることもけっこうあった。

でもさ、これは僕からすれば完全におかしな理論だ。相手は学年も違うし、受けている講義も、専攻分野も違う。だからほんとに接点がない。それにたとえ接点があったとしても、ひととひととが仲良くなるまでにはもっといろんな過程があるし、そもそも仲良くなれないことだってある。まして、相手は内気なひとなんだ。それを「車いす乗り同士だ」っていうだけで突破できると思うのは、どう考えても行き過ぎだ。

「向こうだって声かけられるの待ってる」って?そんなことはまずない。それはもはやナンパの領域だ。

「車いす乗りだ」っていうのは、たくさんある僕の属性(のなかのひとつだ。確かにそれは多数派ではないから、その意味では珍しい。でもたまたま珍しい属性(特徴)を共有しているっていうだけで仲良くなれるほど、ひとの心は単純じゃない。

これは一種の「まとめちゃう心理」の暴走だ

これは他にも、たとえば僕が養護学校時代の男女の友達と一緒に遊ぶのに道を歩いていて、誰かに助けを求めたとき、

デートですか?いいですね!

なんて言われるような場面でも現れる。映画館の車いす対応席でたまたま横にいたひとを仲のいい友達だと思われることもある。もっとすごい例だと、駅のエレベーターに向かってたまたま同じような速度で車いすをこいでいた僕と女性の車いすを後ろから急に突然押してきて、

仲良くね!

なんて言ってくるおじさんがいたりする。これは田舎か都会に関わりなく出会うひとたちだけど、僕のなかではこれを

「まとめちゃう心理」の暴走だ

と捉えている。

街の雑踏のなかでたまたま隣を歩いている同年代の男女がいたからって恋人だとは限らない。そんなの当たり前だよね?だったら車いす乗りと杖をついたひとが近くにいたからって恋人だとは限らないし、車いす乗りの学生が難聴の学生と仲がいいとは限らない。それに、僕の車いすを押してるからって家族とは限らない。ヘルパーさんかもしれないし、友達かもしれないし、恋人かもしれない。そういういろんな可能性があるってことを、冷静に考えてみてほしいんだ。

だって、それができないとしたらそれは、単なる「思い込み」

なんだから。

僕とあのひとが同じ方向に向かって走ってたのは、エレベーターの場所が限られていて、2人ともそれに乗ろうとしてたってだけだ。あとはひとの波を少しでも避けやすいように端に寄ってたら、たまたま隣り合わせたってだけだ。

それをいろいろ勘違いして、

仲良くね!

なんて言われたって困る。

そこから、

あのひと、僕たちをどう勘違いしたんでしょうかね?まったく、困っちゃいますよねぇ……。ところでこのあと、アイスでも食べに行きません?車いすでも入りやすい、いいスロープ付きの店があるんですよ〜!

なんてなると思う?まず、なりませんから。「エレベーターに向かっていたらたまたま隣に車いすの女性がいた」
っていうくらいで、運命なんか感じてられないですから。もちろん、相手のひとだってね。

養護学校にもケンカはあるし、どんなに違いがあったって、仲良くなれる可能性はある

確かに、社会で「障碍者」なんて呼ばれるひとたちは弱い立場に置かれている。それに絶対数も少ないし、情報も少ない。だからたとえば「車いすの作りかた・補助金申請のしかた」とか「バリアフリーアクセスの情報」、それに「マークシートが塗れないひとのためのセンター試験の受けかた」なんていう

一般にはあまり知られていない情報を交換し合って、共有する

っていう意味では、大きな意義もあると思う。だけど、多少の「共通点」があるっていうだけで仲良くなれるとは限らない。それに、

周りから見たら大きな共通点でも、本人たちから見ればたいしたこととは思えない

っていうことだってある。だから、「車いす乗り同士だから」って、「障碍者同士だから」って、必ず仲がいいとは限らないし、実際僕も高校で養護学校にいた頃は、ケンカだってしょっちゅうあった。

でもこれは逆に言えば、

どんなに違いがあるひととだって、仲良くなれる可能性はある

ってことでもある。冒頭で挙げたような議論だって、

あんまり自分と似すぎてると逆にちいさなことでケンカするんだから。逆にまったく違うところがたくさんあるひと同士のほうが、お互い世界が拡がるし、教え合いながら楽しく付き合えることだってあるよ!

っていう意見もある。だから結局は、

ひととひととの相性は、単純には測れない

ってことに尽きるんだと思う。そしてそのうえで、僕もあなたともっと関わって、仲良くなれたらいいなぁと思ってる。別に無理する必要はないけど、

僕がどんなにあなたと違うように見えるからって、絶対に仲良くなれないなんて決めつけないでね?

だってそんなの、もったいなさすぎるからさ。

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