『そして、誰もいなくなった』。僕にも孤独の恐怖はあるけど、僕はあなたを忘れない

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散らかった誰もいない部屋

7月17日から放送が開始された、このドラマを観た。

日テレ「そして、誰もいなくなった」公式サイトです。

デジタルの力で、自分の存在が左右される

ここでは作品の詳細な内容には触れずに、そこから僕が感じたことを書いていこうと思うんだけど、まずこの作品は、

今はあり得そうもないけど、もしかしたらこのまま行けば未来には、こんなことも起きてしまうんじゃないか?

っていう恐怖を巧みに突いている気がした。たとえば主人公の藤堂新一が開発した『ミス・イレイズ』(Ms.Erase)というソフトは、「対象者に関するデジタルデータを、オンライン端末から完全に抹消する(さらに別人のデータに置き換えることもできるっていうすごすぎる力を持ったソフトなんだけど、ここまでのことは実現していないとはいえ、実際に「忘れられる権利」っていうのはここ何年かで特に話題に上るようになってきている。

知恵蔵 - 忘れられる権利の用語解説 - プライバシー保護のための新しい権利の概念。インターネットの発達により、ホームページ上などに各種の個人情報が永年消えずに残るようになった。このことから、適切な期間を経た後にまで情報が残っている場合、これを削除したり消滅させたり...
 インターネット検索サイト「グーグル」の検索結果から、自身の逮捕に関する記事の削除を男性が求めた仮処分申し立てで、さいたま地裁(小林久起(ひさき)裁判長)が「…

それに、今僕たちが膨大な情報からなにかに触れるときには、「検索エンジン」、特にGoogleの力に頼ってるところが大きい。そしてそこで情報を発信するひとは誰でも、「Googleペナルティ」をまったく気にせずにはいられない。だって実際、

Googleからのペナルティで検索順位を下げられただけで、訪問者数が90%くらい激減する

っていう話はそこらじゅうにあるんだから。

それに、「コピーサイト」(スクレイピングサイト)の問題も考えてみると、「先にGoogleの目に触れたほうが本物(オリジナル)と見なされる」なんて問題は現実にある。または、「力の強い(ドメインパワーがあって、ベージオーソリティが強い)サイトが後から先発のサイトを抜き去っていく」っていう現実もある。

“早い者勝ち”という要因は確かにありますね。

(中略)

PageRankも分かりやすいです。

PageRankが高い、言い換えると評価の高いページのほうがオリジナルだとみなされる傾向にあります。

PageRankが高いということは、リンクが集まっているということで、リンクが集まっているということはオジリナルで質の高いのコンテンツを配信している証拠であろうから、そのページの方がオリジナルと考えることは妥当です。

ただこれがやっかいで、本当は自分がオリジナルなのに全体として評価が高いサイトにパクられ同じ記事を配信されて、向こうがオリジナル扱いされてしまうことがあります。

Matt Cutts氏が最後に言っているように、Googleは必ずしもオリジナルを適切に見極めることができていません。

同一のコンテンツがウェブ上に複数存在した場合、Googleはどうやってオリジナルを判断するのだろうか? マット・カッツによれば、最初に発見した時間と場所、PageRank、rel=“canonical”タグ、サイトレベルの評価などが関係してくるとのこと。

だから単純に言ってしまえば、

自分より圧倒的に力の強い存在によって、自分の存在が左右される

っていうことは、別に今だって現実に起きていることだ。

「戸籍を乗っ取られる」っていうことだって、まったくないことじゃない

このドラマのなかではさらに、「ミス・イレイズ」に「官公庁のデータまで完全に削除、置き換えることができる」なんて鬼のような機能が搭載されていたことで、住民票とか健康保険証、それにパスポートなんかまで乗っ取られてしまうことになるんだけど、こうしたことですらまったくの空想とは言えない。特に戦争や大規模災害の直後とかの混乱期には、こういう戸籍の混乱や本人の「新しい身分の取得」なんかもあったし、それにそうした状況や、ひっそりと暮らしていたひとを利用して、第3者による「背乗り」なんかも起きていたことが、記録にも残っているからだ。

父はいったいどんな人間だったのか。戦争中、特攻兵器の飛行機爆弾“桜花”を発案、戦後は名前を変えて生き延びた。何も語らずに死んだ父。その素顔と苦悩を息子が探る。

黒羽・ウドヴィン事件

(1997年(平成9年)警視庁)

ロシア対外情報庁(SVR)に所属する非合法機関員が、1965年(昭和40年)ころに福島県内から失踪した黒羽一郎という男性になりすまし、我が国内外で30年以上にわたり各種の情報収集活動を行っていた事件です。

それにそれだけじゃなく、そもそも「戸籍がない」っていうひとたちだって、この日本にもたくさんいる。そしてそのひとたちは実際に、いろんな困難を抱えてもいる。

なぜ、現代日本に「無戸籍者」が1万人もいるのか? 13年間にわたって支援を続けてきた井戸氏が解説する。

結局みんな、「孤独の恐怖」と闘っている

だから結局、このドラマで描かれているのは、確かに少し極端に思える部分もあるけど、今起きているひとつひとつの要素を少しずつ拡大してみるだけで、こんな世界が来る可能性も、すごくリアルに感じることができた。それに、「犯罪者に自分の身分が乗っ取られていく」っていうのは極端すぎるとしても、

結局僕たちはみんな孤独の恐怖と闘っているんだ

とは思う。それは家族がいるとかいないとか、今目の前に誰かがいてくれるとかいてくれないっていうこと以上の、もっと根源的なものだ。そしてみんな、自分が自分のすべてを相手に見せているわけじゃないし、相手にもきっとまた別の顔や想いがあるんだってことを知っている。だから自分のことも誰かのことも、「信じる」っていうのは難しい。

そしてそれが逆の方向に極端に走ってしまうと、このドラマの第1話の最後で犯人(首謀者・黒幕)が言ったように、

みんなひとりひとりを孤独にすることで、真の「平等」が生まれるんだ!

みたいな思考が生まれるのかもしれない。でもそれって、

世界中のひとたちをみんなしあわせにするより、みんなを殺すほうが簡単だ!平等だ!

っていうようなものだ。それはもしかしたらある面では事実なのかもしれない。でもそれはあまりにも哀しすぎる。だから僕も存在している限り、なにかを生み出せるように、誰かとつながれるように力を注いでいきたいと思う。

それに僕は僕自身が孤独なのも否定しない。もちろん、いつもいつも孤独を感じてばかりいるわけじゃないけど、

どこかに孤独な想いが、理解してもらえないことをなんとか伝えたい、自分の気持ちがただ埋もれていくのが哀しいという想いがなければ、わざわざこんな『四つ這いおとな』なんかを作ってはいない

ということ、これは間違いないんだ。だから僕もこの気持ちと向き合って、これからもあなたとつながれる道を、探し続けていきたいと思う。だってもし僕の存在を憶えているひとが1人でもいれば、たとえぼくが死んだって、僕は独りではないんだから。そして僕もあなたのことをずっと憶えておきたい。だってあなたはもう僕のなかに、かけがえのないものを、刻み込んでいったんだから。

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