日本銀行本店旧館に「鼻くそ金塊」を展示しちゃう渡辺篤さんは、どこから生まれたの?

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渡辺篤さん コンクリート板作品
http://www.atsushi-watanabe.jp/

きっかけは、この番組を観たことだった。

今回の主人公は、うつ病とひきこもりから再起し、自分のひきこもり体験を作品として展示した現代美術家・渡辺篤さん(37)。今、表現者として、自らの傷をさらし、社会の傷に関わり続けようとしている。渡辺さんはなぜそうした表現を続けるのか?そのブレイクスルーに迫る。

そこで僕が初めて知った渡辺篤さんは、とても衝撃的な、美術家だったんだ。

現代美術家 渡辺篤ホームページ ATSUSHI WATANABE ARTWOKS

2年間溜めた鼻くそを金塊のかたちにして本物の金塊と並列に展示する発想

その番組では渡辺さんの作品がいくつか紹介されていたんだけど、そのなかでも僕が特に衝撃を受けたのは、その名も「鼻くそ金塊」(延べ棒型鼻くそ)だった。これは2007年に日本銀行が東京藝術大学と共同で主催した「KINKO」っていう展覧会に展示されたものなんだけど、そのインパクトの強さは当時のネットニュースにも記録されてるくらいだ。

 東京・日本橋の日本銀行本店旧館が3日、期間限定の美術館としてオープン。100年以上の歴史を誇る巨大な地下金庫などを舞台に、最先端アートが展示されている。日

そしてその当時渡辺さん本人がこの作品について語ったツイートが、今でも残っている。

いや、いくら「経済格差」がテーマだからって、「2年間溜めた鼻くそを金塊のかたちにして本物の金塊と並列に展示する」なんて発想が出てくるのがすごいと思う。それにそれを期間限定とはいえ仮にも「日本銀行本店旧館」に展示させる日銀の決定もなかなかだと思う。これなら確かに、僕だって日銀をかなり身近に感じられた気がする。

この他にも渡辺さんの作品には、スーパーの肉を素材に使って牛のかたちを復元した「死体を喰らういきもの」っていうのとかかなり強烈なものが多かったんだけど、彼は単なる話題集めとして社会批判・風刺的な作品を作っているわけじゃなかった。彼が持つ社会へ訴える力の圧倒的なまでの強さは、彼自身の体験から生まれたものだったんだ。

この「死体を喰らういきもの」っていう作品は、今現在ネットからも見ることができます。ただ場合によっては不快になりすぎたり衝撃が強すぎることもあると思うので、さっきのように直接の画像は載せませんでした。でももし覚悟のうえで見てみたいひとは、たとえば以下のリンクから見てみてください。

Route246 vol.1 『MEAT MEET ART〜死体を買うこと/死体を食べること〜』

「二度と外に出ることはない」と思っていた渡辺さんは、もういちど「REBORN」を果たした

実は渡辺さんは人生の様々な苦しみに耐えられなくなって、「一生の覚悟」を持ってひきこもっていた時期がある。その理由とそこからの復活の過程は番組でも語られていたけど、たとえばこのページにもまとめられている。

2014年12月、都内某所。閑静な住宅街にある一軒のギャラリー。四方を白い壁で囲まれた落ち着いた空間に、コンクリート剥き出しの「家」が出現した。12月6日22時すぎ、一人の男性が広さ一畳ほどのコンクリートハウスに入り、出&

そう、渡辺さんの作る作品はすべて、彼のプロフィールにも書かれているように、

自身の体験に基づく、傷や囚われとの向き合いを根幹とし、かつ、社会批評性強き作品を発表してきた。

cv

結果生まれたものだったんだ。そしてひきこもっていた時期にはもう

10年近く患っていた鬱、美術家としての悩み

「ひきこもりの方へ。あなたの部屋を見せてください。」僕は渡辺篤といいます。美術家をしています。まだまだ売れていませんが。僕は以前、 ひきこもり をしていたこと&

があったって言うなら、あの「鼻くそ金塊」も、「肉でできた牛」も、そんな彼の切実な想いと体験から、生み出されたものだったんだ。

でもそれがある限界に達して、渡辺さんはひきこもった。そして自分でも

僕のそれは、ある種の自暴自棄や自傷行為という意識でした。

それ以降の人生の可能性を捨てることは、血の流れない自殺ともいえると思っていました。人を恨み、社会を恨み、自分を傷つけることで、自分を傷つけた者たちへあてつけや復讐をする気分でした。

って書いているように、それは確かにひとつの「死」(自殺)だったんだと思う。

けどきっかけが

想定しなかった<外圧>

にあったんだとしても、渡辺さんはそこからもういちど「REBORN」を果たして、現代美術家として生き返った。そしてその活動は、今も続いている。

僕も自分と向き合いながら、何度でもそれを金継ぎして、生き抜いていきたい

渡辺さんは今、

さまざまな人の、心の傷を

美術作品として描くプロジェクト

に取り組んでいる。それはこの文章の最初に挙げた作品のように、「心の傷」をテキストにして、

テキストは、円形のコンクリート板に書かれたのち、ヒビを入れて、そして傷の縫合としての ※「金継ぎ」を施します。

※「金継ぎ」…金継ぎとは、割れたり欠けたりした器を漆などで接着し、繕った部分を金で装飾していく、陶芸の伝統的な修理技法。割れた陶器は元には戻らないが、一般的に劣化や価値の欠損とみなされてしまう傷(割れ/ヒビ/欠け)が活かされて別の価値を持ち、傷口は輝く。 「金繕い」ともいう。

っていう工程を経て作られるものらしいんだけど、僕はこの「金継ぎ」(金繕い)っていう技法とそこに秘められた価値観に、すごく感銘を受けたんだ。

僕も今まで、何度も失敗したり、否定されたり、塞ぎこんだり、思いも寄らない苦しみを味わったりもした。そしてそんなことはこれからもあるだろう。でも、僕もその度にちゃんと自分と向き合って、何度でも金継ぎしながら、生き抜いていこうと思う。そしてその過程を記録しておくことで、未来の自分やあなたを少しでも助けられるなら、とても嬉しい。

これからも一緒に、乗り越えようね。

渡辺篤さんご本人にもこの文章を読んでいただけるというまさかのできごとがありました。こちらこそ、ありがとうございます。

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