「自分がラクにできることを探せばいい」。林修先生のこの言葉を自分に向けたらどうなる?

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頭で石を運ぶ笑顔の女性

昨日、たまたまこんな番組を見た。

まぁこのタイトルの煽りっぷりは置いといて、この番組のなかで林修先生が言っていた言葉について、書いていこうと思う。

「やりたい/やりたくない」という縦軸と、「できる/できない」という横軸

この番組の終盤、林先生は

しあわせになるには、なにを探せばいい?

っていう質問(問題)を出した。そうするとそれぞれの出演者なりの答えを見たあとで、

「やりたい/やりたくない」という縦軸と、「できる/できない」という横軸で作られた座標軸

を書いた。こうすると、そこには

  1. できるし、やりたい
  2. できるけど、やりたくない
  3. できないし、やりたくもない
  4. できないけど、やりたい

っていう4つの区分けができる。そして林先生は、世のなかのすべてのことは、ここにあてはめて考えることができると言う。確かに、そうかもしれない。

そしてここで言う「できる」っていうのは、よく

あのひとはデキるひとだ

なんて言うときと同じで、

誰かの助けになって、認められ(感謝され)て、結果も出せるくらいに「できること」

っていう意味だ。そしてこの前提を踏まえて、林先生はこんなふうに話を展開していったんだ。

「できるけどやりたくない」ことと、「できないけどやりたい」ことでは、どっちがいいの?

まずこの4つのうち、明らかに避けたほうがいいのは3番の「できないし、やりたくもない」ことだ。そして理想的なのは1番の「できるし、やりたい」っていうことなのもすぐ納得できるだろう。

だから問題は、2番と4番、つまり

「できるけど、やりたくない」ことと、「できないけど、やりたい」ことがあったときに、どっちを選んだらいいの?

っていうことになる。そして林先生はこの問いに、

2番(できるけど、やりたくないこと)のほうがいい

っていう(林先生なりの)答えを持っていたんだ。もちろんその理由も、ちゃんと説明してくれた。

「できるけど、やりたくない」ことがあるという意味

ここで林先生は、「できるけど、やりたくない」っていうことがあるっていうのはどういう意味なのか?って観点から、こんなことを言っていた。あ、番組を録画したわけじゃないから、一字一句正確じゃないことは先にはっきり言っとくよ。

本来やりたくないことには時間を割かないんだから、できなくても自然なはずなのに、なぜか「できちゃう」。周囲から認められて、結果も出せる。これってつまり、「向いてる」ってことなんですよ

これはこのコーナーの前の「東大生の内部格差」について語っていたときに言っていた、

東大生のなかでもトップになるようなひとたちは、そもそも「受験勉強」なんてほとんどしてないのに、入るようなひとたちなんです。つまり、「地頭がいい」(≒東大合格に必要な「情報処理能力」が高い)んですよ

っていうことにもつながると思った。そして林先生は、東大を出て売れないお笑い芸人やネイリストをして悪戦苦闘しているひとたちに向けて、こんなことを言ってたんだ。

「東大に合格できた」ということは、少なくとも「情報処理能力が高い」ということをある程度証明されたということです。だから、しあわせになる(≒成功する)ということを考えるなら、その「情報処理能力」をできるだけ活かせる職業に就くほうが、しあわせになれる確率が高いということになります。でも、「お笑い芸人」はどうでしょうか?あなたよりおもしろいひとなんて、たくさんいますよね?じゃあネイリストはどうでしょうか?あなたよりネイルの技術が高いひとなんて、たくさんいますよね?だから、あなたがたのやっていることはあくまでも4番であり、「しあわせになれる確率」で言えば、それは比較的低い、と言わざるを得ないんです

「やりたくないことを続けても喜びがない!」っていう意見に対して林先生は……

でもこんなことを言うと、当然のように出演者からこんな疑問が挙がった。

でもやりたくないことを続けても、そこには「喜び」がないじゃないですか!

けど林先生は、これに対してもこんなふうに反論していた。

いえ、それは誤解なんですよ!マズローの「欲求5段階説」っていうのがあるんですね。そこでは人間の欲求を5段階に分けて捉えるんです。するとそこでいちばん上に来るのは「自己実現の欲求」で、これを今の話にあてはめると、「できるし、やりたいこと」をやって生きていくってことです。でもそのベストの次に来るのはなにか?それは「自己尊厳の欲求」って言うんです。これはつまり、「他人から認められたい」っていうことなんですよ。そしてそれが満たされたら、僕たちは喜びを感じるんです。たとえ最初はやりたくなかったことでも、できちゃうから、結果が出ちゃうから、自然と周りのひとたちも認めてくれるようになる。そしたらやっぱり嬉しいし、やりがいも出てくる可能性だってあるんです。そしたら、それでもそれなりには充分だと思いませんか?

ちなみにここで言われている「自己尊厳の欲求」については、翻訳によっては「承認の欲求」って訳されてるところもある。その他詳しいことは、いろんなページの説明を参考にしてほしい。

「自分がラクにできること」を探すということ

そして林先生は、これを自分の人生にもあてはめながら、こう言ったんだ。

僕自身も「予備校講師」という職業で長いこと生きてきましたけど、これは僕にとってはこのなかの2番なんです。僕がもともと「やりたかったこと」っていうのは、たとえば「作家」とか、そういうことだったんですね。でもそれはうまくいかなかった。一方で「ひとに教える」っていうのは、別にすごくやりたかったことではないんです。でも、僕は自分でもびっくりするくらいできちゃう!だって僕、教えるのうまいですよね?(笑)

そしてひとつの結論として、ここでひとつのキーワードを挙げる。これは最初の、

しあわせになるには、なにを探せばいい?

っていう問題に対する、林先生なりの答えだ。それが、

「自分がラクにできること」を探す

ってことなんだ。そしてこの真意を林先生は、こんなふうに説明していた。

あなたが苦労してやっとたどり着こうとしてるところを、ス〜っと通り過ぎていくひとたちがいます。これが「できちゃうひとたち」なんです。あなたはそんなひとたちにはまず敵いません。でも逆に、あなたがなにげなく「できちゃう」ことも、他のひとたちから見れば「苦労して苦労して、やっと手に入れられるかどうか」みたいなものかもしれないんです。だけどひとは、そういう自分にとっては「当たり前にできること」を評価しないで、「苦労してやっとできるようになったこと」を過大評価したがる傾向にあるんです。それで自分のよさを見失っちゃう。でもあなたが「なにげなくできちゃうこと」こそが、あなたの力を最大限活かせるところかもしれないんですよ。だからぜひ、それを探してみてほしいと思います。そしてこれはあとでわかったんですが、あの任天堂の岩田元社長もこんなことを言ってたんですよ。やっぱり同じようなこと考えてるひともいるんですよね〜

ここで言われている岩田元社長の価値観は、確かにこのページにもまとめられていた。

任天堂・岩田前社長が語った「自分の強みの探し方」が共感を呼んでいます。

そしてここまで聴いてみると、番組の出演者たちも、いろいろ考えさせられてるみたいだった。もちろん、僕もだ。

じゃあ僕にとって、「ここで書く」ってことはどれにあてはまるんだろう?

これはもちろん林先生なりの答えであって、それを基にした生きかただ。ただこれは確かに「しあわせになる」(≒成功する)っていうことに対しての「確率を上げる」という意味では、有効なんだろうとも思う。でも、だからと言ってあの東大出身のお笑い芸人やネイリストがすぐに生きかたを変えることはないだろう。あのひとたちは、「あの生きかたを選んでいる」からだ。

じゃあ、僕にとっては「ここで書く」っていうのはどれにあてはまるんだろう?これがいちばん大切なことだ。そしたらその答えは、やっぱり4番だと思う。僕はここで、自分の感じたことを書きたい、共有したいと強く思っている。それはまず自分のためでもある。

僕がなにかを伝えたいと思うのは、まず誰よりも自分のためだ
昔「24時間残念営業」ってサイトがあった。最初に読んだ文章がなんだったかは憶えてないんだけど、それからちょこちょこ読むようになった。でもその...

そしてそれをかたちにするために、わざわざサイトを立ち上げてまで、ここにこんな文章を書いている。

だけど、これが「周りに認められて、結果も出せるくらいに『できること』」かって考えたら、まったくそうじゃないと思う。少なくとも現時点では、僕のやっていることは売れない芸人と同じことなんだ。

でも、じゃあこれをやめてなにか他のことをしてみようったって、僕にはたいした代替案もないんだよね。

たとえば、僕がこれから1万時間訓練をしてみたところで、歩けるようにはならない。それどころか、お風呂にすら独りでは入れない。まして、誰かの役に立てるような肉体労働ができるようになんて決してならないだろう。だけど、同じ1万時間をこの『四つ這いおとな』に費やしたら、それよりはわずかでもひとの役に立てるようになる可能性がある。そしてなにより、「文章を書く」ということだけは、ほぼ唯一僕が自由にできるんだ。

それに僕にとっては、

「トイレに座る」ことより、「布団に入る」ことより、「文章を書く」ことのほうがまだ、「ラクにできる」んだ。

だったら僕は、やっぱりこの道を行こうと思う。その結果どうなるかはまだわからないけれど、まだどうしても「やりたくない」とは思えないから、せめて書けるうちは、書き続けていこうと思う。そしてそうやって、生き続けていこうと思う。だってこのことに関しては、僕も一応「プロ」なんだし。

「このからだと一緒に生きること」に関しては、僕がいちばんのプロだ
なにかの道を究めたかったら、どうしたらいいんだろう?いろんな答えはあるだろうけど、ざっくり言えば「経験を積む」ってことが必要だとは言えると思...

それにやっぱりさ、

自分の人生をおもしろくするのは、自分しかいないんだもん。

コメント

  1. さなぎ より:

    四つ這いおとなさん、私の視点から見ると、あなたは1番の座標軸の人です。

    やりたいことが見つかって、それをやっている人です。

    幸せを感じることが出来る瞬間をたくさん持てている人です。

    Good luck!

    • さなぎさん、こんにちは。

      そうですね、経済的な成功(稼ぎ)を別にすれば、やりたいことができている僕は、確かにしあわせだと思います。

      そしてそれは、あなたのおかげでもあります。

      Thanks, I keep doing my best!

  2. 好美 より:

    何気にこちらのサイトにたどり着いて、今少し救われました。ありがとうございます!

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