「からだのためには太れない」っていう「三つ子の魂」は、今じゃけっこう、生活の役に立っている

広告
体重計

僕のからだがいちばん安定するのは、仰向けで寝転がっているときだ。うつぶせだと、少し胸が苦しい。けどそこから四つ這いの姿勢になると、とたんに頭の重さに気付く。そしてもしなにかに掴まって立ち上がったら、今度は自分の体重が、自分のからだ全体にのしかかってくる。普段から足腰が元気だとあんまり気付かないかもしれないけど、ひとのからだっていうのはけっこう重い。そして僕のからだにとっては、その「重さ」はまさに「死活問題」になるんだ。

僕はちいさい頃から、「からだのためには太れない」ってことを叩きこまれてきた

からだの重さは、ありとあらゆる関節や筋肉、特に弱ってる部分に負荷をかけ続けるものだ。たとえば代表的なところだけでも、頚椎、腰、それに膝なんかは、その影響をもろに受ける部分だ。逆に言うと、僕がなんとかつかまり立ちをしたり、自力でトイレに座ったりすることができてるのは、

なんとかしてそういう体重を支えきれる状態が維持されてるから

だ。でももしその均衡が崩れたら、僕の「できること」は、また一気に減ってしまう。しかも、いちど悪くなった関節の状態を元に戻すのは、とても難しいことだ。

だから僕はちいさい頃から、医者に

今のからだを維持するためには、絶対に太りすぎちゃダメだよ!そうじゃなきゃ、立てなくなっちゃうよ!

っていうことを叩きこまれてきた。そして家族も、僕を守るために、それに協力した。それにもちろん僕だって、立てなくなるのも痛くなるのもまっぴらだったから、

「からだのためには太れない」

ってことを、いつも心に刻んで生活していた。

だから僕は、一切太らなかった

その甲斐あって、僕は一切太らなかった。むしろ痩せすぎてるくらいだった。でも、歩けない僕は足の刺激が少なかったこともあってか身長も小さかったから、それは病的なほどとは言えなかったと思う。そして、

三つ子の魂百までも

の言葉どおり、僕はそのあとも、「腹8分目」どころか「腹6分目」くらいを心がけるようになって、そのうち自分が満足するくらい食べても、それで太るなんてことはなくなっていた。そして身長の伸びが終わる頃には、体重もほぼ一定で保たれるようになったんだ。

親元から離れても、その習慣はまったく、変わらなかった

僕が日常的に家族の作った料理を食べていたのは中学時代までだったけど、高校時代は寮生活だったから食生活は安定していたし、

学校から支給される(家族から預かっている)お小遣いは「ひと月3000円」だった

から、その貴重なお金をおやつに振り向けようという発想は、まったく生まれなかった。それでも同級生のなかにはそういう出費を惜しまないひともいたけど、僕の場合そのお金はほとんど、本(マンガ)代に消えていった。

そして高校を卒業して大学生としてひとり暮らしを始めてからも、ヘルパーさんの作ってくれる料理か学食を食べることはあっても、「間食をする」なんて習慣は、まったく縁のないものだった。それはもう

「我慢してる」というより、「自分の辞書にない」

って言ったほうがいいくらいだった。だからそれは別に、もう苦しくもなんともなかった。

この感覚が染みついているおかげで、役に立っていることは多い

そうこうしているうちに、僕はいつの間にかこの歳になっていた。そして僕の「三つ子の魂」は、もちろん今もまだ健在だ。それは確かに最初のうちは苦しかったかもしれないけど、それが「染みついてしまった」今となっては、別に苦ではなくなっている。むしろ今じゃこの「魂」は、それに僕の生活の助けになってくれているんだ。

それは単純に言えば、「出費が抑えられる」ってことに尽きる。前に、

障碍者は経済的に「得してる」って、ほんとにそう思う?
今の世のなか、毎日が楽しくてしかたがない!っていうひとは間違いなく少数派で、ほとんどのひとはなんやかんや悩みや苦しみを抱えている...

っていう文章も書いたけど、収入が少なければ少ないほど、「出費の無駄を省く」っていうことは重要な課題になってくる。でも、たとえば「家賃」みたいなものは、基本的に僕の力ではどうしようもない。でも、「間食」っていうのは完全に、自分の意志で管理できるものだ。だからそれが少なくて済むっていうことは、とても助かる。

それに、「太らない」ってことは「体型が変わらない」ってことだ。おかげで僕は10年近く前の服でも現役で着られる。自分のお金で服を買うなんてこともめったにない。だって、必要ないからだ。僕が生きている限り、たぶんやろうと思えば40年先だって今の服を着られるだろう。なんかの拍子に縫い目がほつれたり破れたりしなければね。でも実際、四つ這いでよく擦れるズボンの膝あたりが破けてしまったのは何本かあるけど、それは縫ってもらってまた着ている。それでもいつかは限界が来るかもしれないけど、上半身はそれほど摩擦もないから、たぶん服はもっと行けるだろう。僕は今からむしろ、密かにその「記録更新」を楽しみにしてる。

これからもからだをいたわりつつ、目の前の食べ物を大切に、いただきたいと思う

ただ、僕は別に食べるのが嫌いってわけじゃない。どちらかと言うと、むしろ好きなほうだと思う。前に、

バナナ。それはほぼ唯一僕が好き勝手に食べられる、安くて美味しい、最高の食べ物だ
あなたの好きな食べ物はなんだろう?カレー?いいよね。ラーメン?美味しいよね。確かに、美味しい食べ物や、好きな食べ物なんて、考えればきりが...

なんて文章も書いたくらいだし。でも僕の「からだのためには太れない」っていう状態は、もちろん今も変わらないんだ。そしてそれを忘れずに努力したおかげで、僕は今でもつかまり立ちもできるし、トイレにも自力で座れる。もちろん、どんなに全力を尽くしてもいつかはそれもできなくなるかもしれないけど、それでもやっぱりできる限り、今の状態を維持していたい。だから僕はこれからも、じぶんのからだをできるだけいたわってあげたい。でもそれと同じくらい、目の前の食べ物を大切に、いただきたいと思う。

だってやっぱり、食べるのは大事なことだし、美味しいものは美味しいもんね!
トップへ戻る