「震災関連死」という哀しい問題。僕はあなたにも、一緒に生きていてほしい

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哀しむ犬

はじめにちょっと、これを読んでみてほしい。

東日本大震災や東京電力福島第一原発事故の避難生活による体調悪化などが原因の「震災関連死」は2月末時点で、岩手、宮城、福島3県で計3405人に上った。昨年3月以降も少なくとも11人が亡くなり、関連死とされた。11日で震災から丸5年。長期にわたる避難が、被災者の心身に影響し続けている。

3県によると、今年2月末までに震災関連死と認定されたのは、岩手459人▽宮城920人▽福島2026人。昨年3月末以降129人が認定され、うち112人は福島だった。福島ではその後、9日現在でさらに5人増えている。

市町村別では、福島県南相馬市が485人と最多で、同県浪江町380人、同県富岡町が336人と、福島第一原発周辺の被災者が目立つ。原発事故で今も10万人近くが県内外に避難する福島では、関連死の数が津波や家屋の倒壊など震災が直接の死因となった1613人(警察庁まとめ)を上回っている。

東郷隆、黒田壮吉、伊藤嘉孝 2016年3月10日10時40分

 東日本大震災や東京電力福島第一原発事故の避難生活による体調悪化などが原因の「震災関連死」は2月末時点で、岩手、宮城、福島3県で計3405人に上った。昨年3月以降も少なくとも11人が亡くなり、関連死と…

「関連死」が「直接死」を上回るっていうのは、やっぱり衝撃的な事実だ

僕がこの「震災関連死」っていう言葉を初めて知ったのは、東日本大震災のときだった。でも知れば知るほど、この問題は深刻だと思った。しかも、場所によっては「関連死」が「直接死」を上回っているくらいで、この事実はほんとに衝撃的というしかない。だってこれは、社会がもっと成熟していれば起こらないはずの、完全な「人災」だからだ。

そして冒頭の記事の続きには、

被災地では震災、原発事故に関する自殺も相次ぎ、一部は関連死と認定されている。内閣府によると、集計を始めた2011年6月から今年1月末までに3県で157人が自殺した。岩手35人▽宮城40人▽福島82人だった。

とも書いてある。僕がいちばん哀しいのは、

最もいのちの大切さを知ってるはずのひとたちですら、なお自殺してしまう社会が、ここにある

っていう事実だ。ここに正面から向き合えないなら、もうそんな社会にはなんの価値もないと思う。そして率直な意見として、僕はそんな社会を、なんとかして変えたいと思う。

自殺っていうのは、ほんとにすぐ手の届くところにある現実だ

さらに、別のサイトにも、たとえばこんな情報が載っている。

飲酒に走り、不眠に陥り、うつ病やPTSDに苦しむ被災者が多い

2016年3月9日、厚生労働省研究班は、宮城県(7755人)と岩手県(2739人)の被災者のメンタルヘルス(心の健康)の状態を5年間追跡した調査結果を発表した。

心理的苦痛を感じている宮城県の被災者は、18.4%(2011年)から14.3%(2015年)に低下したが、全国平均の10.0%よりも高い。経済状況や社会的な孤立感が関連していると考えられる。また、要介護認定者は、6.3%(2011年)から16.2%(2015年)に急増している。

一方、岩手県の被災者のうち、飲酒量が多くなったと答えた男性は、全国平均の1.69倍(2011年)から1.81(2015年)に増えている。仮設住宅に住む女性は、メンタルヘルスに問題を抱え、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や不眠を訴える人が少なくない。

PTSD については、別の調査がある。

2014年2月、東北大学の富田博秋教授(災害精神医学)は、石巻市など宮城県の沿岸6市町に住む特定健康診査(メタボ健診)を受けた成人男女3744人を対象に、PTSDについてのアンケート調査を行なった。

調査結果によると、うつ症状や不安感が強い人はおよそ7%に上り、厚生労働省が2004年に実施した全国調査より3倍も高い。およそ5%の人にPTSDの疑いがあることも分かった。

富田教授は「過酷な被災体験や近親者の死が原因と考えられる。潜在的には、メンタルヘルスの状態が悪化している人は、もっと多い可能性がある」と指摘する。

さらに、2011年4月から2013年8月までの2年4カ月間にわたって、岩手県の12市町村、宮城県の15市町、避難指示区域となった福島県の15市町村に勤務する自治体職員を対象に行なった1か月以上の長期休職者の調査がある。

うつ病などのメンタルヘルやPTSのために長期休職した職員は、2011年度は286人、2012年度は254人、2013年度は5カ月で147人。震災前の2010年度の177人を上回った。

警察庁は2016年2月10日現在、東日本大震災による死者は1万5894人と発表(shutterstock.com)  2016年2月10日、警察庁は、3.11東…

こうやって、強いストレスを受け続けると、まず心が少しずつ病んで、弱っていく。そしてそれがある段階を越えると、もう「自殺」なんていう選択肢は、すぐ目の前に見えてくる。そしてそうやって、世界では年間100万人ものひとが、実際に自殺して死んでいく。僕の知り合いにも、僕の友だちの知り合いにも、自殺したひとはたくさんいる。自分自身だって、心を病んで自殺を考えたことはある。だからそのくらい、自殺は身近な問題になっている。その意味ではこれは別に非日常的な場面だけに言えることじゃない。でも、災害とか、そういう非日常的なときにはその「潜在的な問題」がよりはっきりと浮き彫りになるのも、間違いのない事実だ。

そして今回の熊本地震でも、もう既に「関連死」が生まれつつある

ここまで引用してきたデータは基本的に「東日本大震災」を基にしたものだった。でも今回の「熊本地震」でだって、既に「関連死」は生まれつつある。

熊本県阿蘇市の避難所にいた女性(77)が17日に亡くなり、震災関連死の疑いが生じた。「ストレスで胸がいっぱい。心臓まひを起こすかもしれん」。避難所生活に悲鳴を上げる高齢者もいる。

数百人の避難者が滞在する同県益城町保健福祉センター。災害派遣医療チーム(DMAT)スタッフらが24時間態勢で診療を受け付け、日中、体調不良を訴える人がひっきりなしに訪れる。

〔共同〕 2016/4/19 1:37

 熊本県阿蘇市の避難所にいた女性(77)が17日に亡くなり、震災関連死の疑いが生じた。「ストレスで胸がいっぱい。心臓まひを起こすかもしれん」。避難所生活に悲鳴を上げる高齢者もいる。  数百人の避難者が滞

僕たちはこの「現実」を、どうにかしなければいけないと思う。もちろん、今の最優先課題は食糧や医薬品などの物資や、休める場所の確保だと思うけど、この先には絶対に、「震災関連自殺」の問題が出てくる。それにそれはもう、出ているんだろうとも思う。だって昨日も今日も明日も、世界や日本のどこかで、自殺しているひとがいるからだ。

哀しみや苦しみに共感できるのは優しさの証拠だ。でも自殺だけは絶対に、間違っている

自殺する理由は単純には言えない。それに自殺を本気で決意してしまったら、周りのひとがなにを言おうと聴かないのかもしれない。それによく、

ほんとに自殺するようなひとは、「自殺する!」なんて言わないで静かに死んじゃうもんだよ。だからそうやって騒ぐのはただ、誰かに注目されて、かまってほしいだけなんだよ。

なんていうひともいて、それは確かにあるひとにはあてはまるかもしれないけど、別のひとにはあてはまらない。自殺を生中継したりするひとがいるのも、その究極の表れだと言えると思う。

あと、

自殺なんてのは、結局は自分のことしか考えてない自己中心的なヤツのすることなんだよ

って言うひともいて、僕自身それも一理あるとは思う。けど一方で、

自殺するひとは、他者に優しすぎて、自分に厳しすぎるんだ

とも思う。だって、誰かの哀しみや苦しみを自分のことのように引き受けて、共感できるなんて、優しくなきゃできることじゃない。そしてその「現実」に対してあまりにも自分の「無力感」を拡大してしまうのは、自分に厳しいからだと思う。

もちろん、そんな「他者への優しさ」とか「自分への厳しさ」っていうのが、まったくなくていいとは思わない。それに、それを持っているのは確かに、素晴らしいことだとも思う。でもさ、

苦しんでるひとと一緒にずっと苦しんで、苦しんでいるひとが1人増えたって、余計に状況が悪くなるだけでしょ?あなたがいなくなったら誰が、この問題を解決できるの?

僕はあなたにも、一緒に生きていてほしい

僕はあなたが僕と出会って、多少なりとも共感してくれたからって、僕と同じように車いすに乗ってほしいとは思わない。1日中部屋に籠っていてほしいとも思わない。ただ僕のことを知って、受け止めて、そしてできれば、助けてほしい。

そう、僕があなたに望んでいるのは、

一緒に苦しむことじゃなくて、一緒に生きること

なんだよ。それを絶対に、履き違えないでほしい。

でも実際、あなたがそこにいるだけで、僕はあなたに助けられているんだ。だから、自分の生活を壊してまで自分を助けてほしいとは思わない。むしろ、あなたはまずあなた自身に、優しくしてくれたらいい。そしてもう少し余裕ができたら、あなたの身近なひとに、優しくしてくれればいい。そうやってあなたから優しさを受けたあなたの家族が、友達が、少しでも優しくなってくれたら、その優しさはきっと、巡り巡って僕にも返ってくるから。それに、あなたが歩けることは、動けることは、働けることは、歌えることは、絵を描けることは、素晴らしいことだ。おかげで僕の毎日は、とても楽しくなってる。あなたが生きててくれるから、僕も生きられるし、あなたが笑っててくれるから、僕もつられて笑えるのに、あなたが死んでしまったら、僕だって死にたくなるじゃないか?

ひとの感情が連鎖するってことは、よく知ってる。僕も哀しんでるひとを見たら泣きたくなるし、昨日はまたかなり落ち込んだ。

こないだ、っていう文章を書いて、自分の気持ちはちゃんと整理したつもりだった。だからそのあとも、っていう文章を書けたんだけ...

でもやっぱり、またこうやってなにかを書こうとして、自分を甘やかしながら、ふてぶてしくも生きている。それでもどうしようもなくなったら、また誰かに助けてもらってまたなんとかかんとか生きていくんだろう。でもどっかで、それすら間違ってないと胸を張りたい自分もいるんだ。実際きっと、間違ってないと思ってる。

僕は、あなたが自分を責めたとしても、誰かから責められたとしても、それでも死んだほうがいいとは思わない。たとえあなたがほんとに誰かを傷つけたり、責められるようなことをしてたとしても、だったらなおのこと、生きていくべきだと思う。っていうか、僕はあなたの人生を批評できるほど、たいした人間じゃない。

だけど僕が言いたいことは、言えることはこれだけだ。

僕は、これからも自分の人生を生き抜く。だから、あなたも生き抜いてほしい。たとえ誰がなんと言おうと、それが間違っているとは思わない。それに僕は、あなたにいなくなられるととても寂しい。だからお願いだから、勝手にいなくならないでほしい。僕はずっと、そう思っている。
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