僕が普通高校を受験することすら、できなかった理由

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入学試験

こないだの

養護学校からだって、「退学」になるひとはいる
こないだののときもそうだけど、僕は今「特別支援学校」っていう呼びかたに変わってきてることを知ったうえで、それでも「養護学校」っていう...

のなかで、僕は、

僕自身、中学校までみんなと同じ地元の学校に通えていたのに、高校進学が近付き、「普通高校」への進学を希望することを伝えたら、当時「障碍児学級」の僕の担任にいろいろ言われて(これはまたいずれ詳しく書く)、精いっぱい抵抗したけど最終的には諦めた。

って言っていた。なのにその「またいずれ」が延び延びになっていたから、それを今から、書いてみようと思う。

彼は周りから、「特別支援教育のスペシャリスト」だと思われていた

僕の中学校時代、僕の「障碍児学級」の担任は1年ごとに替わったんだけど、最後の受験生のとき、つまり中学3年生のときの担任は、周囲から、一言で言えば「特別支援教育のスペシャリスト」だと思われていた。そしてそれだけじゃなく本人も、それを自負していた。でもそれは決して、「この子たちの目線に立った指導ができたから」とかじゃなくて、

俺には手のかかるこいつらを、なんとか周囲に迷惑をかけないように「矯正」したやったという、たくさんの実績があるんだ!

みたいな自負があったからだった。そして本人はその「正義」を、まったく疑っていなかった。そんな彼が、受験生になった僕の担任になったら、それはつまり、

僕を養護学校に無事入学させてやることが「正義」だ

という信念のもとで動くことになる。でも僕はそこでどうしても、彼と相容れなかった。だって僕は、

みんなと同じ地元の普通高校に行きたい!

と思っていたんだから。そして僕は、単純な「学力」だけで言えば、余裕を持って高校に行けるくらいの状態にはあった。しかも僕の地元の高校は、いつも定員割れを起こしてるような状態だった。だから通常であれば、なんの問題もなく普通高校に行けるはずだった。ただ、もちろん僕にはからだの問題がある。だから僕はそれを率直に担任に相談してみた。でも、彼の返事は、やっぱり悪い意味で予定通りだったんだ。

「養護学校があるのに、なぜそこに行かないんだ!」と彼は言った

あの、やっぱり僕は普通高校に行きたいんですが……

と僕が担任に相談すると、彼はほとんど間髪入れずに、

はぁ?お前のような生徒のために、わざわざ養護学校が作ってあるのに、なぜそこに行かないんだ!

と言ってきた。もう怒っていると言ってもいいと思った。でも、僕もこれくらいは予定通りだったから、

いや、できるなら地元の学校に行きたいと思っているだけで……

って言ったんだけど、やっぱりそんなものでは相手の「正義」は折れなかった。でも、僕だって簡単に引き下がるつもりはなかった。だから、こんな感じでやり取りは続いた。担任は言う。

そもそも、環境が整ってない学校になんて行ったって、苦労するのはお前のほうなんだぞ?

でも現に、中学校まではこうやってみんなと同じ学校に通えているじゃないですか?この学校だって、いろいろと設備を整備してくれましたよね?

高校は義務教育じゃないんだ!お前のために予算を割く余裕なんかない!

それは、相談してみないとわからないじゃないですか?

いや、100歩譲って多少の配慮があったとしても絶対に満足いく水準には届かないね。そうなったら、親御さんがお前のためだけに毎日学校に付き添うことになるんだぞ?

それは、最初はそうなるかもしれませんが、だんだんと友達ができたり、周囲の理解が深まったりして、うまくいくようになるかもしれないじゃないですか?それにたぶん、この中学校からも同じ高校に行くひとは何人もいるでしょうし……。

友達には友達の学校生活があるのに、なんでお前の介助に時間を割かれなきゃいけないんだ!そんなの始めの何回かはうまくいっても、いずれは相手に負担を感じさせるだけになるんだぞ?

仮に、それが全部その通りだとしても、受験くらいはしてみてもいいじゃないですか?学力があることを示せば、高校の対応だって変わるかもしれないですし……

そしたらお前は受かるだろう!だがそれは、そのぶん他の誰かが落ちるってことになるんだぞ!まともな高校生活を送れるかどうかわからない、お前のせいでな!

でも実際、ここ最近は定員割れしてるくらいじゃないですか?それにもし僕が辞退しなければいけなくなったら、そのときは2次募集だって……

最近定員割れしてるからって、来年定員割れするとは限らないだろう!それになぜ、2次募集だとか余計な迷惑をかけてまで、わがままを通そうとするんだ?それは、わがままなんだぞ?それにこれは、お前が少しでも有意義な高校生活を送れるように、お前のために言ってるんだぞ?

この状況を覆すには、あまりに味方が少なかった

ここで僕は、もう自分だけで話をしてもダメだと思った。でも最初から、家族は僕の味方だった。だから、僕は母親と一緒に、それから何度も担任と話し合った。でも担任は、

私は、今までの経験を踏まえたうえで、養護学校に行くのが今の息子さんにとって最善の選択だと確信しているので、息子さんのために、こう言ってるんですよ

って言うだけで、頑として譲らなかったんだ。

だから僕は、障碍児学級直属の担任じゃなくて、普通学級の担任にも、相談してみたんだ。でも彼は、

確かに、あなたの学力があれば、本来は学区外の進学校にだって行ける可能性があるのに、残念だとは思うよ。でも、専門知識のない僕が、軽はずみなことは言えないし、あなたの担任が、養護学校に行ったほうがいいって言うなら……。

みたいな感じで、それ以上の手助けはなかった。だから、僕は母親と一緒に、地域の「教育相談室」に行ってみることにした。ほとんど、最後の手段だと思っていた。そして僕は一生懸命、今までの経緯と、自分の気持ちを伝えた。でも、その担当者から出た言葉は、

そうですねぇ……。ひとつの考えかたの提案なんですけどね、こう考えてみるのはどうでしょう?障害者手帳をもらっていないひとたちは、どんなに望んでも養護学校に入れませんよね?でも、あなたはそこに入ることができる。普通のひととは違うから。ということは、あなたは「普通のひとなら絶対にできないことを、経験することができる」っていうことなんです。これは、しあわせなことだと思いませんか?

なんていうものだった。こんなの、今考えるとまったく見当はずれもいいところだと思うんだけど、そのときは僕も、家族も、このどうしようもない状況に疲れ果てて、それ以上なにも言い返せなかった。そして、どうせ合格しても入れない高校の入学試験を受けるのは時間とお金の無駄だと思ったし、僕は結局普通高校の試験すら受けることのないまま、それを断念した。

でも確かに、あの場所で起きたことはすべて、「貴重な体験」だった

代わりに、僕はそのあと、養護学校の見学に行った。母親と、担任とも一緒に。そしてそこの指導員は、

ここはいい仲間もいっぱいいますし、毎日が楽しいですよ!不安なことはすべて私たちが責任を持ちますから、安心して入学してきてください!

なんて言ってた。僕は疲れてたし、もう闘う気力も目的もなかったから、簡単にそれに流されてしまった。担任は別人のように笑顔だった。そして結局、僕は養護学校に入学した。入学の前の言葉が「セールストーク」だと知るまでに、時間はかからなかったけどね。

「お前らはカネも稼げないくせに性欲はあるからなぁ」。これが養護学校の「指導」だった
つい先日、大阪市立茨田北中学校長の朝礼での発言が、賛否両論を呼び起こした。発言が切り取られているのが問題だ。全文を読めばそんな問題発言じ...

そして今、あの頃を振り返って思うのは、確かにあの場所での経験は、「貴重な体験」だったということだ。そしてそれは、僕にたくさんのことを教えてくれた。だからその意味でだけは、僕はあのときのすべてのおとなに、感謝している。でもやっぱり、これは皮肉だ。だから僕は、自分の体験を伝えることで、なにかを変えたいと思っている。もちろん、状況はみんな違う。最終的に養護学校に行くという選択も、現状の社会を考えたら、しかたのないことだとも思う。でもそれは、あくまでも「しかたのないこと」であって「当たり前のこと」じゃない。そして僕は、同じ経験を、未来に引き継ぎたいとはまったく思っていない。僕は僕の力がちっぽけだということをよく知ってる。でもせめて、僕はこれからも自分の望む未来に向かって、今の自分にできることを、していきたいと思う。

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