『博士と彼女のセオリー』は、僕にとって少し「素晴らしすぎる」作品だった

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確か僕が小学生か中学生くらいのときに、親しいおじさんが僕に贈ってくれた本が、『ホーキング、未来を語る』だった。そしてそのとき初めて、僕はスティーブン・ホーキングさんのことを知った。そのときの僕の印象は、「車いすの博士」って感じで、内容はよくわからなかったけど、なんとなく宇宙のことを知って、ワクワクしてたような気持ちを憶えている。

「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)に関心を持つようになってから、またホーキング博士を深く知りたいと思うようになった

それから何年かして、僕は「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)という病気のことを知った。それまでにも、これとよく似た「筋ジストロフィー」については、周りのひとたちを実際に見て知ってたんだけど、僕自身がちいさい頃から医者に、

うん、まぁ現状維持されてるね!すごいよ!

って言われてきたように、「現状維持されてればいいほうで、長期的には少しずつでも確実に弱っていくからだ」を持っているという意味では、ALSとか筋ジストロフィーのこともどうしても、気にかけずにはいられなかったんだよね。

そしてあるとき、僕はこどもの頃知った「車いすの博士」がALSだったということを知った。僕はずっと文系だったし、物理学なんかは全然ちんぷんかんぷんだったんだけど、宇宙のことは好きだったし、確かにこどもの頃に、ホーキングさんの本を読んでワクワクしたことを思い出した。それで、彼のことをもっと知りたいと思っていたところに出会ったのが、ホーキング博士の伝記的映画、『博士と彼女のセオリー』(原題は”The Theory of Everything”)っていう作品だったんだ。

『博士と彼女のセオリー』は、僕にとって少し「素晴らしすぎ」た

結論から言うと、この『博士と彼女のセオリー』は、僕にとっては、素晴らしい映画だった。でも少し「素晴らしすぎる」作品だった。だって、

このストーリーがあまりにも胸に迫りすぎてしまって、うまく感想を言うことができない

くらいだからだ。これが「感動を狙いすました作り話」なんだったらまだよかった。でもこのストーリーは「実話」を基にしている。そしてもちろん、ホーキングさんと僕の状況は同じじゃないし、映画である以上「演出」によってうまく見せられている部分はあると思う。でもそのホーキングさんの人生をかたちづくったひとつひとつの「要素」は、僕も多少なりとも僕なりに経験してきたものだし、経験していてもおかしくなかったものだし、これから経験するかもしれないものだった。それに、これを観た僕が感じたのは、

この作品には「説明」が少ない

ってことだった。だから自然と、僕はこの作品の登場人物、特に主人公のホーキングさんの「内面」を推測させられたんだ。それは僕の感覚だから、ホーキングさん本人の感じていたものとは違うかもしれない。でも事実として、僕はこの映画にあまりにも感情移入させられてしまって、抜け出せられないくらいに引きこまれてしまった。そしてそれは、とても切ないものでもあった。でもこれが「事実」であるからこそ、そこから眼を背けることも、距離を取ることも、できなかった。だから、この作品は僕にとって、少し素晴らしすぎたんだ。

だけど、それでも僕はこれを観なければよかったと思ってはいない。やっぱり、観てよかったんだ。だってやっぱり、この作品はほんとに、素晴らしかったからだ。だから、僕は自分でもまだ消化できていないものを「説明する」ことはできないけど、それでもあなたにも、この作品を見てみてほしいと思う。そしてそこから感じたものを、分かち合いたいと思う。それができればとても、とても、嬉しいから。

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