上の世代の「闘う障碍者」には感謝もしてるけど、もう休んでほしいとも思う

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「障碍者」というのは「社会的弱者」だと言い換えてもいいと思うんだけど、そんな「弱者」は社会がよっぽど成熟して、包容力にあふれているひとたちの集まりじゃない限りは、多かれ少なかれ「差別」を受けることになる。そしてその「差別」っていうのはよく「区別」とどう違うかって話にもなって、

これは「差別」じゃなくて「区別」だよ!

みたいな意見も出てくるんだけど、個人的には、

「自分はこのひとたちに受け入れられてないんだ……排除されてるんだ……」と感じてしまうのが「差別」で、受け入れたうえで違いによって活かすのが「区別」

だとは思ってる。だから、差別っていうのは「セクハラ」とか「パワハラ」とかと同じように、ある程度は「受け取り側の意識」によるところもあるとは思うんだけど、それでもやっぱり、

これはどう考えても排除されてるよね……

って思うようなことも多々ある。そしてそれは、昔は今よりさらに多かった。だけどそれを「柔らかく」伝えてもわかってもらえないと感じたとき、当時の障碍者たちが選んだ方法は「闘う」ってことだった。だから確かに、障碍者の歴史っていうのは、「差別に対する闘いの歴史」でもあったんだ。

「健常者と親は敵だ」とか「愛と正義を否定する」といったスローガンは、やっぱりすさまじいと思う

初めにちょっと、これを読んでみてほしい。

■障害者運動の意義

一九七七年四月一二日の朝、車椅子に乗った約一二〇人の障害者が神奈川県の国鉄川崎駅前に集結した。目的はバスに乗ることだった。介助者が次々とバスに車椅子を載せていく。運転手と職員が必死になって降ろそうとする。最後は機動隊まで出動する騒ぎとなった。これが有名な「川崎バスジャック事件」である。

他にも療育センターなどの入所施設における待遇改善を要求する運動や優生保護法への反対運動など、日本の障害者運動は戦後の社会運動の高まりとともに活発化してきた。なかでも急進的だったのが「青い芝の会」という脳性マヒによる身体障害者が組織する団体で、「健常者と親は敵だ」とか「愛と正義を否定する」といった過激なスローガンに対しては障害者やその親のなかにも眉をひそめる人がいたほどだ。

(中略)

しかし、障害者自身の手による運動と自己主張によって、はじめて障害者自身が何を考え、何を望んでいるかが明らかにされたのだ。

(中略)

ニーズがありながらそれを表現しにくい障害者の場合、こうした当事者の運動は欠かせない。親がいくら要求してもそれは所詮親のニーズであり、本人の真の希望であるかどうかはわからない。

引用元中島隆信『障害者の経済学』

ここに書かれている時代を、僕は直接には知らない。でも、この「青い芝の会」やそのスローガン、そして彼らのやったことは、間接的にでもいろいろなところから、伝え聴いてきた。そしてそれは「時代の空気」とも相まって、確かに大きな成果を生み出した。今、僕がバスに乗ろうとしたら、少なくとも事前の電話相談くらいは受け付けてくれるし、ちゃんと話を通しておけば、乗れることだって多い。それに、都会の地下鉄とかJRとかなら、今はもうほとんどの駅にエレベーターとかが整備されてるし、駅員さんたちだって基本的には僕たちの「味方」になってくれる。でもそれは、「最初からあったもの」じゃなくて、「誰かが用意してくれたもの」だ。そしてその「誰か」が彼らだというのなら、僕は青い芝の会やその他の団体、それにその要求を最終的に受け入れてくれたひとたちにも、感謝したいと思っている。

でも、それでも僕は今この

健常者と親は敵だ!

とか

愛と正義を否定する!

みたいなスローガンを聞いて、「その通りだ!」なんて思えない。これは、他のどんなものでもそうであるように、

あれは、「彼ら」の考え、望みであって、決して「障碍者全員」考えや望みではない

という言ってしまえば当たり前のことだ。僕と彼らは、「障碍者」という点では確かに共通している。さらには「脳性麻痺」であることも共通している。そして、彼らが僕たちに用意してくれたもの、残してくれたものに、僕は確かに感謝してもいる。でもだからと言って、僕は彼らの「思想」や「戦法」をそのまま、受け継ごうとは思わない。だってそれは、「想いを理解してもらい、一緒に社会を変えてもらう」という目的に対して、もはや「効果的な手段」ではないと、僕が思っているからだ。

時代も環境も変わったなら、やりかただって変えなきゃいけないんじゃないの?

僕は今のところ、直接「青い芝の会」のひとたちに会ったことはない。でも、僕の身近な地域にも、「彼らに影響を受け、その思想を受け継いで活動しているひと(団体)」はいた。そして、僕はそんなひとたちと、直接話をする機会が今までにも何度かあったんだ。その団体の「主力メンバー」はだいたい僕より20年くらい年上のひとたちなんだけど、たとえばそのひとたちに僕が、

今の状況とかこれからのことを考えたときに、「権利を!法整備を!」とか、極端に言えば「健常者と親は敵だ!」みたいな主張をするのは、今の「時代の空気」には、もはや効果的じゃないんじゃないですか?だってその言いかたそのものが、逆に「健常者」と「障碍者」を分けて考える、自分たちを苦しめてきた枠組みを、そのまま受け継いじゃってるじゃないですか?

なんてことを言うとだいたい、

あなたは、「本当の苦しみの時代」を知らないから、そんなことが言えるのよ!健常者には、障碍者の想いなんてわからない。でも、社会は健常者が作ってる。だったら、とことん主張して、闘って、勝ち取っていくしかないのよ!あなたはその闘いから逃げてる。生ぬるいってことよ!

みたいに言われてしまう。それで僕が、

そうやって、「健常者には、障碍者の想いなんてわからない」なんて決めつけるのは、「逆差別」だとは思いませんか?

なんて言うと、

もう、今の社会を当たり前だと思ってしまって、飼い慣らされて、闘志を失ってしまったあなたは、障碍者の気持ちすら、わからないのよ!

なんて言われてしまって、完全に決裂することもある。だから、「障碍者同士だから」とか「脳性麻痺同士だから」なんて言っても、意見が同じとは全然、限らないってことだ。
でも僕は、さっきからずっと言ってるように、こんな上の世代の「闘う障碍者」には、感謝してるんだ。だって、僕が今地下鉄に乗れるのも、このひとたちのおかげだ。それに、大学まで卒業できたのも、このひとたちのおかげだ。借家でヘルパーさんに助けてもらってひとり暮らしができたのも、このひとたちのおかげだ。ひと月10万6千円の手当がもらえるのも、このひとたちのおかげだ。それはこのひとたちの「戦果」だ。これはほんとにすごいことだと思う。

でもやっぱり、僕は彼らのあとの世代に生まれて、今を生きるひととして、もう彼らのやりかたは、時代に会っていないと思う。それに、別に健常者がのうのうと暮らす一方で、僕ら障碍者だけが苦しめられているわけじゃない。ただみんな、それぞれの苦しみを抱えて、自分のことで精いっぱいになりそうなところを、なんとか悪戦苦闘しているところなんだと、僕は思う。それはもしかしたら、前の時代ではそうじゃなかったのかもしれない。でも、だったらなおさら、

時代も環境も変わったなら、やりかただって変えなきゃいけないんじゃないの?

って、僕は思うんだ。

闘ってばかりで、あなたは疲れないの?

それに今、これまでと同じように

健常者と闘え!親と闘え!

なんて言われたら、ただ「ドン引き」する。そしてもし他のひとにもそう思われるとしたら、それはまったく意味がないどころか、逆効果だ。だから少なくとも僕は、そんなやりかたをしたいと思わない。だって、たとえ自分たちは「活動家」だと思ってたとしても、相手から「クレーマー」だと思われて、結局受け入れてもらえなかったら、そんなのになんの意味があるの?

それに僕は、闘い続ける人生なんて、単純に疲れると思う。彼らだって、そうなんじゃないのかなぁ?だとしたら僕は、もう休んでほしいと思う。そして、たとえ「障害者自立支援法」があろうと、「障害者差別解消法」が施行されようと、そんなもので社会はもう、変わらないと思う。言いかたを換えると、もう日本は「障害者権利条約」にも批准したし、「差別解消法」も施行した。もうこれで、「理念」(道具)としては、充分だと思う。あとはこの「道具」をどう活かすかの問題だけだと思う。だって、たとえどんな素晴らしい「法律」ができようと、僕たちの国が「法治国家」だろうとなんだろうと、結局社会を動かすのは、ひとなんだ。だから、

ひとが変わらない限り、社会は変わらない。そして必要なのは、敵じゃなくて「仲間」を増やすことでしょ?

僕は別に、現状に満足してるわけじゃない。闘いを全否定するわけでもない。ただ、「戦法」を換えるだけだ。そしてそれは結局、自分がもっと生きやすくなりたいからだ。だから、僕は疲れたらちゃんと休むし、あなたが疲れてるなら、もう休んでほしいと思う。そしてまた元気になったら、また生きてみればいい。そしてこの過程こそが、これからの闘いなんだと思う。そしてその勝利条件は、ただ「生き抜くこと」だけなんだ。

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