オオカミ少年

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不気味な狼

少年が初めてそのオオカミたちを見たとき、彼は慌てて叫んだ。

「オオカミだ、オオカミが来たぞ!」

けれど驚いたことに、そのオオカミたちが続々と少年の村に侵入してきているのに、その姿は彼以外の誰にも見えていないのだった。だからおとなたちは彼に言う。

「なんだ、なにも来ていないじゃないか?嘘をつくのはやめなさい。それにもしつくとしても、そんなひどい嘘じゃなく、もっとかわいげのある嘘をつくことだ」。

彼がどんなに真剣に訴えても、彼を信じてくれるひとは、ひとりもいなかった。

「なぜ、僕以外の誰にも見えないんだろう?オオカミがあんなに、小さいからかなぁ?」。

少年はとても哀しい気持ちで思った。そしてただ、オオカミたちが村に入ってくるのを、じっと見続けることしかできなかった。

そう、この日初めて現れたオオカミたちは、とてもとても小さかった。そうして誰にも気付かれないのをいいことに、オオカミたちは村人たちの心を少しずつかじっていくのだった。でも村人たちは、そんな痛みにも気付かない。そしてオオカミたちは、またぞろぞろと、村から出て行ってしまった。少年はとても、不気味な気持ちになった。

 

そしてあくる日、少年が遠くを見やると、またあのオオカミたちが、ぞろぞろと村に近づいてくるのが見えた。少年は恐怖に震えそうになりながら、必死で叫んだ。

「オオカミだ、オオカミが来たぞ!」

けれどまた、その姿は少年以外には誰にも見えていないのだった。

「かわいそうな子。いくら家族がいないからって、そんな嘘をついてまで、かまってもらおうとするなんて。よしよし、一緒にご飯でも食べようか?」

少年は涙ながらに訴え続けたが、周りは笑いながら、

「将来は演劇の役者にでもなればいいんじゃないか?」

などと言うだけだった。

でもそうしている間にも、オオカミはまたたくさんやってきて、少しずつ少しずつ、みんなの心を食べていった。そして誰も気付かない間に、みんなの心は少しずつ欠けていき、そのぶん冷めていってしまった。

 

少年はそのあともずっと、自分の見ている「オオカミ」のことを、懸命に周りに伝えようとした。けれどその努力が実ることはなかった。それどころか、

「嘘つきめ!俺たちを怖がらせて、なにをしようってんだ!」

「夜中にまで騒ぐなんて!あんたの言うことなんて、もうなにも信じないから!」

などと言われるようになった彼は、「オオカミ少年」と呼ばれ、周りから冷たい眼で見られるようになってしまった。少年は、とても、とても哀しかった。

 

そしてオオカミの静かな侵略が進むにつれ、オオカミたちは少しずつ少しずつ大きくなっていった。そしてその代わりに、村人たちの心は少しずつ少しずつ小さくなってしまった。

昔はとても穏やかな村だったのに、今ではおとなたちはみんな、小さなことで言い争いをするようになった。

「こんなんじゃ、割に合わないんだよ!」

「信じてほしいなら、それなりの証拠を見せなさいよ!」

「俺とお前の仲が悪いのはなぁ、親父の代からずっとだろうが!」

少年はずっとオオカミの存在を訴え続けていたが、もう状況はどうしようもないのではないかと思い始めていた。

「どうしてわかってくれないんだよ!」

と怒鳴ってしまいたくもなった。でも、それで誰かがわかってくれるわけでもないだろう。少年はただただ、哀しかった。

 

そうやってオオカミの来た回数が数えられないほどになった頃、あるオオカミがついに、赤ん坊までも襲おうとした。少年は必死に止めようとしたが、大きく成長したオオカミには、太刀打ちできなかった。赤ん坊が喰われるのは、時間の問題だと思われた。しかしその赤ん坊は、そんなオオカミと少年の様子を見て、無邪気に笑った。殺し合いとじゃれ合いの区別が、つかなかったのかもしれない。するとそんなこどもを見た少年は思わず、苦笑いした。自分はいったい、今までなにをしてきたのだろう?結局自分は、このまま誰にも理解されずに、死んでいくのだろうか?そんな想いのなかで彼は、いつしか泣きながら、笑っていた。そして赤ん坊は、そんな少年を見てまた、ニコニコと笑った。

するとここで、誰も予想していなかったことが起きた。オオカミたちが急速に力を失い、みるみる弱り始めたのである。そして赤ん坊は、目の前で小さくなっていくオオカミを見てまた、声を上げて笑った。そう、オオカミは彼女の目にも、見えていたのである。

するとその日初めてオオカミたちは、泣きそうな顔をして、すごすごと帰っていった。少年は、初めてオオカミたちを、退けることができたのである。

 

その日から少年は変わった。もういちいち

「オオカミが来たぞ!」

と騒ぎ立てることもしなくなった。代わりにもっとひとのなかに交わっていくようになった。それに以前より、よく笑うようになった。オオカミは今でもまだ、少年の村を襲撃し続けている。だが彼のなかにはもう際限のない哀しみも、絶望的な無力感もない。彼は希望を見出したからだ。そしてこの後この村はどうなるだろう?それは私にもわからない。これは過去の話ではないからだ。闘いは今も、静かに続いている。

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