賃金がマイナスになる「作業所」なんて、実質的には「託児所」みたいなものだよね

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所持金は1円

このサイトの最初のほうで、自分の実生活と実感を踏まえながら、「障碍者」の経済について書いた。

今の世のなか、毎日が楽しくてしかたがない!っていうひとは間違いなく少数派で、ほとんどのひとはなんやかんや悩みや苦しみを抱えている...

そしてそこで、

「一般就労」は茨の道だし、かといって「福祉的就労」の場では最低賃金は必ずしも保証されない。さらには、「利用料」を差し引いたら「賃金がマイナス」になることもある

っていう「代償」を考えると、「10万6千円」という「障碍者手当」の金額は、決して、

優遇されてる!ズルすぎ!

なんて言えるほど多いとは思えないってことも書いた。だから、障碍者は「肉体的・精神的・社会的弱者」であると同時に「経済的弱者」でもあるってことだ。じゃあそのなかでどう生きる道を見出していくかっていうのは、僕にとってもずっと終わらない最大の課題のひとつだと言える。

「賃金がマイナスになる」という意味

ここでもういちど、冒頭で引用した

「福祉的就労」の場では最低賃金は必ずしも保証されない。さらには、「利用料」を差し引いたら「賃金がマイナス」になることもある

っていうのを見てみてほしい。ここで言っている意味はほんとにそのまんまなんだけど、「障碍者雇用」の世界をよく知らないひとにとってはよくわからないことも多いと思うから、もう少し補足するために、まず、障碍者の雇用状態について、簡単にまとまった文章を引用する。

企業などに一般就労していると言われている方が約40万人います。もう一方に福祉的就労と言われる形態のサービスを受けている方が約24万人います。福祉的就労とは福祉的な支援を受ける就労で、福祉サービスです。その大部分は障害者総合支援法の就労継続支援事業の、おもにA型とB型が該当します。A型は利用者数が約4万人、事業者数が昨年6月の時点で2,238ヶ所です。B型の利用者は約18万人、事業者数は約8000ヶ所です。両方ともサービス報酬費として税金が投入されています。

A型は一般企業等で働くことが困難な人に、労働契約を結んで就労の機会を提供するもので、賃金が全国平均で月6万8千円ほどです。一方A型と比べて、より障害が重い方が利用されるB型は、労働契約を結ぶことが困難な人に、非雇用型の就労の機会を提供するもので、工賃が全国平均で月1万4千円です。

就労継続支援A型事業所全国協議会 発起人代表 久保寺一男   社会の変化...

つまり、「福祉的就労」のうちの実質的大部分を占める「B型」の就労継続支援事業については、「労働契約」が結ばれないから「最低賃金」を適用する必要もないってことだ。これは、

だってこれは本来なら働ける場所のないひとに、それを提供「してあげる」っていう「福祉サービス」なんですから

って言い分が認められてるってことでもある。だからこの結果支払われる対価も「工賃」という特殊な名前で呼ばれてるんだ。

ここで僕の体験も言うと、実際僕が以前ある作業を行ったときの1時間あたりの工賃は「350円」だった。だけど、同じ作業をしている一般の「作業員」の時給は「700円」だった。つまり、これは文字通り、

僕はみんなの「半人前」

だと見なされてるってことだ。でも確かに、これは正しい対応だとも言える。だって、僕の「生産性」は、明らかに一般の作業員より低いんだから。「半人前」という評価も、その作業については妥当だったとも思う。

だけど、それでも切実な問題なのは、

そのわずかばかりの「工賃」以上の「利用料」を徴収することによって、実質的に「賃金がマイナス」になっている場合もけっこうある

ってことなんだ。この「利用料」ってのはたとえば「昼食代」(夕食代)だったり、「往復にかかる車のガソリン代」だったりするんだけど、これが自分がもらっている工賃より多い場合は、「働いたうえでお金を払う」、つまり、

こんな僕を働かせてくれてありがとうございます!

みたいな感じになってしまうってことだ。そりゃあ、理屈はわかるよ?食事だってガソリンだってタダじゃないんだから。でも、だったら家にいたほうがガソリンはかからないし、食費だって安く済むじゃない?

ってことはさ、実質的にはそんなのって、

「就労支援」(作業所)の名を借りた、ていのいい「託児所」

みたいなものだって思わない?

それも「居場所」のひとつかもしれないけど、「稼ぐ場所」とは言えない

もちろん、そんな「託児所」みたいなところにまったく存在価値がないとまでは思わない。それによって、特に実家暮らしの障碍者を支える周りの家族の肉体的・精神的負担が軽くなることもあるだろうし、その空いた時間に家族が働きに出ることだってできるかもしれない。それに、そこに通う本人にとっても、そこがそれぞれの意味での「居場所」になるのなら、それはそれでいいことだ。でも、それは決して本人にとっての「稼ぐ場所」とは言えない。

だから結局、そんな障碍者が家族から独立して単独で暮らそうとするとどうしても、「生活保護」っていう手段に頼るしかなくなる。けどそれはそれで本人にとってもまた新たな「代償」が必要になる行為だし、葛藤もある。

昨日、僕としては障碍者は経済的に得だよね〜っていうのは自分の感覚から言って的外れだと思うということを書いた。で、そこで「...

だから僕も今まで、その「切り札」を温存しつつ、なんとか他の方法を探してきたし、それは今でも変わらない。そして今後はそういう「体験」と「試行錯誤」についても、この『四つ這いおとな』に少しずつ、書いていきたいと思う。

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