養護学校からだって、「退学」になるひとはいる

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強烈なカウンター

こないだの

「お前らはカネも稼げないくせに性欲はあるからなぁ」。これが養護学校の「指導」だった
つい先日、大阪市立茨田北中学校長の朝礼での発言が、賛否両論を呼び起こした。発言が切り取られているのが問題だ。全文を読めばそんな問題発言じ...

のときもそうだけど、僕は今「特別支援学校」っていう呼びかたに変わってきてることを知ったうえで、それでも「養護学校」っていう書きかたをしている。それは、それが当時僕が学生だった頃の呼び名がそうだったということも理由だけど、それ以上に「養護学校」っていうほうが、「世間のイメージ」に近いと思っているからだ。でも、他のことでもそうだけど、「イメージ」っていうのはたいてい、その「実態」とは大きく違うものだ。

僕も最初は、イメージに「洗脳」されていた

僕自身、中学校までみんなと同じ地元の学校に通えていたのに、高校進学が近付き、「普通高校」への進学を希望することを伝えたら、当時の「障碍児学級」の僕の担任にいろいろ言われて(これはまたいずれ詳しく書く)、精いっぱい抵抗したけど最終的には諦めた。

「またいずれ」と言ったとおり、この経緯はここに詳しく書きました。

僕が普通高校を受験することすら、できなかった理由
こないだののなかで、僕は、僕自身、中学校までみんなと同じ地元の学校に通えていたのに、高校進学が近付き、「普通高校」への進学を希望...

それでそのときそんな担任に言われた言葉とか、僕自身のなかにあった「イメージ」とかもあって、僕は漠然と、

養護学校にいるひとなんかは、みんな従順で、周りの言うことを聴くことを疑いもしない、そんな感じのひとなのかなぁ?だとしたら、こんな自分がそんなところでうまくやっていける気はしないよなぁ……

なんて、今思えば勝手に「洗脳」されて、思い込んでいた。でもそんなイメージは、入学したとたんに木っ端微塵にぶち壊されてしまった。

その実態は、イメージからはあまりにもかけ離れていた

まず、周りの「先生」やら「指導員」なんかは優しくなんかない。「包容力」なんて求めてはいけない。「感情的な罵倒」「虐待」(だとしか受け取れない)ものもざらにある。そもそも、「指導員」のなかに「派閥」があって、もちろん仲がいいわけでもない、っていうか、いじめだってある。むしろ、僕たちにとって「いい先生」であるひとのほうが、

お前は甘すぎる!軟弱だ!指導員に向いてない!

なんて言われて追い込まれていく。

こんな環境なんだから、僕たち生徒だって「和気藹々」としてばかりもいられない。積もり積もった「鬱憤」が、いちどお互いに向けられたら、前にも

「先天性障碍者」と「中途障碍者」の対立は、できるなら早く終わらせたい
僕は今だから自分のことを「障碍者」だと認識してるけど、それは大きくなるにつれて、「自分と『社会』との間には、たくさんの不都合(『障碍』)...

とか、

「見える障碍」か「見えない障碍」かなんて、そんな簡単に分けられないよ
昨日書いたような「先天性障碍者」と「後天性障碍者」との論争や感情のぶつかり合いっていうのは、僕も今まで何度も経験してきたものだ。さす...

なんかに書いたような「対立」や、「感情」(意見)の赤裸々なぶつけ合いが起きてくる。

でも、そんななかでも僕たちはどこかで気付いていた。この「ストレス」は「うちらのなか」でぶつけ合うものじゃなく、ほんとは「無神経で傲慢なあいつら」に、ぶつけなきゃいけないんだと。

その「想い」は、誰もが我慢して隠しておけるようなものじゃない

でも、僕たちは基本的に、それを周りの「自称大人」にはぶつけられない。だってそんなことをしたら、もっとひどい「仕返し」が待っているからね。でも、その「想い」は、日々確実に積もり積もっていく。そしてそれを、みんなが我慢して隠しておけるわけじゃない。その「限界」はひとによっても違う。だから、ときどきそれを「爆発」させずにいられないひとが出てくる。そして身の危険を顧みず、「行動」を起こすんだ。

その「渾身の一撃」は、誰にも止められなかった

そしてそのときは唐突にやってきた。僕が気付いたときには、なんだか「騒ぎ」が起きていて、詳しいことは知らされないまま「現場から隔離」されてしまった。でもその情報は、すべて遮断できるはずがない。そして僕が耳にしたのは、「先輩が先生の顔面をぶん殴った」ということだった。

僕はその「現場」も「発端」も見ていない。でも、「その日からしばらく眼帯を付けた教員」の姿と、「先輩が家に帰された」っていう事実だけは、僕にもはっきりわかった。そしてそれを見たら、誰でもあの「噂」が事実なんだということはわかる。そしてその日以来、先輩は学校に来なくなり、そのまま「退学」になったと聴いた。先輩はあと何か月すれば自動的にこの学校から出られるはずだった。でもその「卒業式」に、先輩の姿はなかった。彼は文字通り「渾身の一撃」を教員に、そしてその背後の制度・社会・環境に喰らわせて、いなくなってしまった。

でも、ダメージを受けるのはいつも弱いほうの存在だ

僕には先輩の行動を否定することはできない。でも、彼が自分の身を顧みず、ほとんどすべてを懸けて選んだ「行動」も、ほんとの意味で相手にダメージを与えることはできなかった。だって、教員の眼帯はいつしか外れ、おそらく労災だって下りた。それに、彼はそのあとも教員を続けたし、優しくなるどころか、むしろより厳しくすらなったんだ。僕には先輩の気持ちはわかる。なにが最終的な「引き金」を引いたのかは知らないけど、きっともう限界だったんだろうとも思う。彼は自分の行動に悔いはないのかもしれない、でも、それでも哀しいことに、

ほんとの「ダメージ」を受けるのは、いつも弱いほうの存在なんだ。

だから僕たちは、それからなにごとも起こらなかったみたいに取り戻されていく「日常」に、ただ歯を食いしばって耐えようとした。でも実は、僕の同級生のひとりも、あとで同じような「事件」を起こして、退学になったんだ。こんなことは、決して「世間」には知らされない。でも、これは確かに、僕の間近で起きていたことだ。そしてもしかしたら今もどこかで、繰り返されていることなのかもしれない。

僕はあのひとたちにも、しあわせでいてほしいと思う

それから、あの先輩や同級生がどうなったかはよく知らない。それに僕たちの周りの社会は、大して変わっているようにも思えない。でも、こんなことを言うのはとても無責任だとも思うけど、僕はあのひとたちにも、しあわせでいてほしいと思う。そして僕も、しあわせになりたいし、しあわせでいたいと思っている。それは素直な「願い」でもあるんだけどど、一種の「抵抗」でもあるんだ。だから、たとえ僕がこの先どう変わろうと、この『たとえこの『四つ這いおとな』になにも書けなくなってしまうようなことが起きたとしても、僕は静かにこの「抵抗」を、続けていこうと思う。

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