障碍者への「義務教育」の歴史は、たった40年しかないって知ってた?

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教室の座席

この時期は「入学・進学・卒業」のことを思い出すひとも多いと思う。でも学校とか勉強ってさ、周りから「強制」されると一気にやる気なくしてつまらなくなるよね。でも逆に学校に行ける環境がないこどもにとっては、そんな「つまらない」ことですら「羨ましい」と感じる。そんなの、今の日本じゃ考えられないって?いやいや、僕たちのような障碍者にとっては、それはそこまで遠い昔の話じゃないんだよね。

障碍児に対する「義務教育」は、「猶予・免除」されていた

日本で「教育基本法」(旧法)が施行されたのは1947年、ほぼ戦後すぐの頃だ。そこで保護者がこどもに教育を与える義務、つまり「義務教育制」が定められた。でも実は、その義務を「免除」または「猶予」していいこどもがいた。それが、「障碍児」だった。これはつまり、こどもの立場から見ると、「教育を受ける権利が剥奪されていた」と言ってもいい。でもこの状態は、とても長い間、「しかたがないこと」と見なされてしまっていたんだ。

こんなことがまかり通っていた理由は、すごく単純に言えば2つあると思う。ひとつは、

こんな障碍児を受け入れる環境なんて、どこにもないよ!

という状況。これはまぁ、確かにしかたがないところもあるとは思う。実際、障碍児が通うことを想定するなら、たとえば僕みたいな状態のこどもだけを考えてみても「トイレ」とか「階段」とか「机」、他にも細々としたいろんな部分に配慮して環境を整えなきゃいけない。これにはもちろん、いろいろな「手間」がかかる。お金だって限りがある。だからまぁ、これは納得できなくもない。

ただ、そこにはもうひとつ、

こんな障碍児を学校に通わせたって、なんの意味があるの?

みたいな思いがあったんじゃないかって、僕は思うんだ。確かに、障碍児が大きくなっても「経済生産性」は低い。それに、戦時中なんかは堂々と、

戦えもしない、穀潰し!

なんて言われていたんだから、それが単に、

稼げもしない、穀潰し!

に変わっただけだと思えば、別に不思議でもなんでもない。それに、だったらこんなふうに「就学免除」が許されていたことも、むしろ納得できるくらいだ。

「養護学校義務制」が始まってから、まだ40年も経っちゃいない

そんな状態が曲がりなりにも改善され、障碍児もすべて義務教育の対象となり、教育を受ける権利が認められるようになったのは、「1979年度」になってからのことだ。でも、今現在の状況を見てもわかるように、それは他のみんなと同じ「普通学校」に入って、一緒に教育を受けられるようになったっていうわけじゃない。その代わりに、「養護学校」っていうものを各地に作って、障碍児は原則として「環境の整った、こちらの学校に入学して(入学させて)くださいね」という「分離教育」によって対応しようとしたんだ。これを「養護学校義務制」ということもある。だから、ここではっきりわかることは、

日本における障碍児教育の歴史は、まだ40年もない

ってことだ。

僕が「この時代」に生まれていなければ、読み書きだって習えなかったかもしれない

厳密に言うと、この1979年度以前にも、「軽度の障碍児」に対する教育は行われていた。でも、その対象がようやく「すべての障碍児」(すべてのこども)にまで拡げられたのは、実はそう昔のことじゃない。もちろんこれは、「重度の障碍児」だった僕にとって、まったく他人事じゃない。だって、

もし僕が「この時代」に生まれていなければ、学校にすら通えなかったかもしれない

ってことだからだ。実際、僕より数十歳年上のひとなんかで、「読み書き計算」を習えなかったなんて実例はざらにある。そりゃそうだよ、学校に通わせてもらえないんだから。じゃあ、親か誰かが教えてくれるだろうか?それならまだいい。でも、「その必要性」すら考えてもらえなかったひとたちも、少なからずいるんだ。そして、ほんの少し時代が違っただけで、僕もそのなかのひとりだったかもしれない。

こどもの頃から分けられていて、どうやってお互いを理解できるの?

ほんの少し前まで、「障碍者は教育を受けられない」っていうのは「当たり前」だと思われていた。それがようやく「おかしい」と気付かれ、実行に移され始めたのが1979年度だったと言える。そして今、今度はその基盤を成していた「分離教育」がやっと「おかしい」と気付かれ始めている。その結果、「教育基本法」が改正され、第3条として、

国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が 図られなければならない。

と書かれた条文が追加された。それに、その第4条2項には、

国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。

ともやっと書かれるようになった。これはたった10年前、2006年になってからだ。だから、僕たち障碍者にとって、「教育を受けられる」ってことはまだまだ「当たり前」のことじゃない。そしてやっと最近になって、

分離教育じゃなくて、「統合教育」(インクルーシブ教育)を実現しようよ!

なんてことが言われるようになってきたんだ。でもこれって、僕に言わせれば、

統合教育が理想論なんじゃなくて、分離教育のほうが異常

なんだよ。だってさ、ほんとに世界から「差別」を無くそうとか思ってるんだったら、

アタマが固くなってからやったって、うまくいくわけないでしょ?

そりゃ、絶対無理だと諦めるつもりはないけど、どうせやるなら早いほうがいいじゃん。一緒に生きてきた積み重ねがあるから、いい意味で「慣れ」が生まれるし、「理解」だってできる。それに、「世のなかにはいろんなひとがいる」というのを教えることは、学校の大切な役割なんじゃないの?

僕は、学校はあんまり好きじゃなかった。それは、いじめられたからでもあるし、教員にもあまり理解されていないと感じていたからだ。でも、それでも今ならなおさら、学校に行けたこと、それに中学校までは「みんなと同じ学校」に行けたことはよかったと思ってる。そしてもし、今から何十年後のこどもたちが、

みんな一緒に勉強できるなんて、そんなの当たり前じゃん!

って言えるようになっていたら、僕はほんとに嬉しいし、そんな「学校」だったら僕も少しは、好きになれるような気がするんだよね。

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