「出生前診断」が拡がれば拡がるほど、社会が失っていくもの

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悩む医者

僕が「出生前診断」というものを知ったのは、確か2013年くらいだったと思う。その頃から、もうこの話題は賛否両論を巻き起こしていたけれど、世間の流れは静かに、でも確実にそれを受け入れ、推し進める方向に向かっていった。そして2016年の今、この話はもう、誰にとっても他人事ではないところまで来ている。そしてこれをどう捉えるかは、きっとこの先の社会の方向性を、大きく変えるものになるだろう。

「選択肢がある」ということが、むしろ僕たちを苦しませることもある

まず初めに、現時点での「(新型)出生前診断」というものがどんなもの(として考えられている)か、簡単に見てみる。

新出生前診断(正式名称・無侵襲的出生前遺伝学的検査)とは、母体から採取した血液で胎児の染色体異常を調べる検査のことです。

NIPTとも言われたりすることがあります。

※日本後の別称無侵襲的出生前遺伝学的検査(むしんしゅうてきしゅっしょうぜんいでんがくてきけんさ)の英名Non-invasive prenatal genetic testing; )から。

新出生前診断とは?

胎児が母体内で健全に成長しているか、その妊娠経過を確認するために開発されました。母体血中の胎児由来遺伝子のうち13番、18番、21番染色体の濃度を分析することで、「13トリソミー」、「18トリソミー」、「21トリソミー(いわゆるダウン症候群)」の可能性を出産前に発見することができます。

羊水検査や絨毛検査など、母体内の胎児の健康状態を診察する医学的手法はすでに幾つも確立していますが、これらの診断方法には穿刺針で母体を傷付けて流産のリスクを高めてしまう問題があります。

その点、新出生前診断ならわずか20ccほどの血液を注射器で採取するだけで済むため、母体への負担を大幅に軽減することのできるメリットがあります。

従来の採血検査より診断精度も飛躍的に高まっており、80~90%前後の確率で胎児の先天性異常を予見することができます。陰性的中率に至っては99.9%以上という驚異的な数値を記録しており、新出生前診断で陰性と判定されればほぼ確実にダウン症の可能性はないと言えます。

新型出生前診断については以前にも書きましたが、少しざっくりとして説明に留めていましたが、高齢出産において非常においてきちんと考えておくべきことだと思いますので、今回は最新の情報も踏まえた上で、前回より詳しく書いていきたいと思います。 新型出生前診断(NIPT)とは?今までと何が違うのか? 新出生前診断(正式名称・無侵襲...

ってことで、とりあえずこの情報を引用してみたけど、これは「実際母親になるひと、あるいはなろうとしているひと」に向けてのページだと思うから、より「現場」のひとの感覚に近いものなんじゃないかと思う。

でも、このページにも書いてあるように、この検査で「すべての先天性異常」を発見できるわけじゃない。しかも、検査には総額でだいたい20万円くらいの自費負担も必要になる。それでも、この検査が従来のものに比べてはるかに「母体への負担を軽減できる」ということ、そして「診断精度も高い」ということもあって、この検査を受けるひと、あるいは受けようか悩むひとはけっこう多いらしい。で、

出生前診断を受けないで産んだら、こどもがダウン症だってことがわかった

とか、

お腹の子には高い確率で染色体異常があることがわかった

なんて場合には、その母親や家族には相当な重圧がかかるみたいだ。まぁ、驚くべきことじゃないけどね。でも、こういう検査をするっていう「選択肢」は、僕たちをほんとにしあわせにしているんだろうか?むしろ、却って苦しませているだけなんじゃないの?

結局、陽性反応を受けたら大多数が中絶を選択するという事実

一応、この検査は「障碍を持ったこどもが生まれてくる前に、親やこどもが心の準備ができる」という建前があって、検査を受ける前、受けたあとにも「遺伝カウンセリング」というのが用意されていて、母親や関係者の「自律的な決定を支援する」なんて言ってるけど、実際には検査で陽性反応を下されたひとのほとんどが「中絶」を選ぶということがデータにも表れている。たとえばこんなふうに。

昨年4月から臨床研究が始まった新型出生前診断(NIPT)。妊婦の血液の検査で、高い確率で染色体異常の有無が分かるようになった。だが、NIPTは、簡便さ故に「命の選別につながる」という危惧も指摘されている。

NIPTの臨床研究を行う医師らでつくる「NIPTコンソーシアム」が昨年11月に示したデータによると、昨年4~9月の半年間でNIPTを受けた約3500人のうち67人が陽性と判定され、その後羊水検査で診断が確定した56人中53人が中絶を選択していた。

ショッキングな数字だが、親としての逡巡(しゅんじゅん)もくみ取れる。中絶を選択した理由は「染色体異常の子供を産み育てる自信がない」「将来に不安がある」などの回答が多かった。

「子供の病気が分かって出産するのは、相当覚悟がいることだ。私が担当した妊婦の中で、出産を選んだのは1人だけだった」。同団体代表で、産婦人科医として40年近く妊婦と向き合ってきた山王病院(東京都港区)の北川道弘副院長(66)が語った。

「本当は『ほらね、この子は病気じゃなかった』ってみんなに言いたかった」。平成19年、第2子を妊娠した福岡市の徳永律子さん(42)。胎児の染色体異常の有無を調べる&

そりゃあそうだろう。「障碍者」と「健常者」が学校も職場も生活環境すらほとんど分けられているような今の環境のなかで、いきなり「障碍者の親になる」ってことを何時間か説明されたって、恐怖や躊躇のほうが勝るのは誰にでも予測できる。だから、もしこの出生前診断が「義務化」されたとしたら、いずれこの「予測された障碍者」のほとんどは生まれて来なくなるだろう。実際今ですら、

ほぼ確実に分かる方法があるのに受けないで障碍児を産んじゃったとか、まして障碍児だってわかってて産んだとか、そんなんだったらもう自己責任だよね。あとは社会に迷惑かけないで自分で頑張りな、っていう

みたいな意見は出てきてて、少なくともそんな発言そのものは「1つの意見」として受け入れられつつある。ってことはさ、このまま行くとどうなるかは、もう見えてるよね?

いずれ「あなたはもう要りません」と言われる番が来る

今はまだ、これは「限られた先天性異常」だけを判別できるに過ぎない。でも今は「ヒトゲノム」とかの解析もどんどん進んでるし、いずれそんな技術と価値観が結びついて推し進められていけば、いろんなものが「防げる異常」として事前にわかるようになってくるだろう。そしてきっと、僕みたいな「脳性麻痺」も含め、様々な「リスク」が事前に告知されて、「それでも産みますか?」と言われるときが来るだろう。そうしたらきっと、全体的には「障碍者」の数は減るかもしれない。それは、僕が、あるいはあなたが社会から、「あなたはもう要りません」と言われる番が来るということだ。そこに早いか遅いかだけの違いはあるだろう。でもこの価値観を推し進めるなら、その日はいずれ必ず、僕らの前にやってくる。

そしてその世界は、「弱さの経験知」を失っていく

そしてもし、その先に「ダウン症」も「脳性麻痺」も「発達障碍」も無くなった世界が実現したとしよう。それはある意味ではひとつの「理想」かもしれない、「健常者だけの世界」だ。でも、その世界にはとても大切なものが無くなっている。それは「弱さの経験知」とでも言えるものだ。

「生まれつき弱いひと」を世界から消し去ったとしても、僕たちがいずれ「弱っていく」ことは止められない。そして、僕もいずれ必ず死ぬ。だから、どんなに「弱さ」を遠ざけたつもりでも、それから完全に逃れることは、決してできない。

僕は、「強さ」を持っていないかもしれない。「経済的生産性」もないし、「健康」ですらない。でも、明日から車いすに乗るおじいちゃんと、並んで走ることはできる。色の付いた、華やかな車いすがあるってことを、教えてあげることもできる。それはたいしたことじゃないかもしれない。でも、それが全部なくなっても、ほんとにいいんだろうか?

というか、「障碍者」が消え去ったら、今度はお年寄りが新しい【障碍者】になるだけなんじゃないの?ニートが、非正規雇用者が、ドジなひとが、ますます生きづらくなるだけなんじゃないの?だとしたら、そんな世界は、今よりほんとにいい世界なんだろうか?

「こどもはみんなで育てます」って、今はもう誰も言ってくれないの?

僕の家族は自分が生まれたときのことをあまり話したがらない。当時のことを思い出すと、まだいろんなことを思い出して、つらくなってしまうからだと言っていた。でも、そんななかでも僕があとから知ったことの1つに、こんな話がある。

当時、うちの家族は僕をどう育てていいか、途方に暮れていた。そりゃそうだろうと思う。初めての結婚・出産。99.9%死を覚悟して欲しい、そしてもし生き延びてもほぼ100%寝たきりになると言われた僕を、どう育てていいかなんてすぐわかるはずないし、混乱するだろうし、自信も持てないだろう。

でもそんな母に、ある保健師さんが、

だいじょうぶ。この子は確かにあなたのこどもだけど、あなたが困ったときは、みんなで育てるから。こどもは社会全体で育てていくものだから。それにこの子が大きくなる頃には、社会はもっと変わってる。今できないことも、どんどんできるようになる。今理解してくれないひとも、もっと理解してくれるようになる。だから、だいじょうぶよ!

って言ってくれたんだって。だから僕はここにいられるし、それに僕には、きょうだいもいる。これは確かに、親の、家族の、そして社会の、みんなの力だと思う。

でも、その力は今の社会にあるのだろうか?失くなっていこうとしてるように見えるのは僕だけなんだろうか?もし僕が生まれるのが30年早かったら、僕は死んでいた。でも30年遅かったら、もし今から30年後だったら、僕は生まれて来られたんだろうか?教えてほしいなぁ。そりゃあいろんな意見があるとは思うよ。でもこの答えに納得できない限り、僕としてはこの流れには、到底賛成できないから。

最近ではこの流れはさらに加速して、「マタニティ・ゲノム」なんてものまで生まれてきている。でも僕の意見は変わらないし、僕なりの視点と想いから、この動きを見つめ続けていきたいと思う。

前に、って書いたように、僕は今日本でもどんどん行われている出生前診断には、とても怖さを感じているし、せめてもう少し、慎重に考えてほし...
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