もし「その日」がここにやってきたら、僕はたぶん死ぬことになる

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夕暮れの海とこどもたち

「忘れられない日」というのはたくさんある。ただそのいくつかは、「僕にとって」忘れられない日だったり、「あの場所にいたひとにとって」忘れられない日だったりするだけで、みんなにとっては「ありふれた日」でしかないということもよくある。でも、「あの3月11日」が忘れられない日だというひとは多いと思う。もちろん、僕にとってもそうだ。

最初は、「あ、まためまいか」と思った

あの日、あのとき、僕は家で「聴き取り調査」を受けていた。といってももう何度も受けたことのあるもので、

最近のからだの調子はどうですか?
今困っていることはありませんか?
ヘルパーとの関係には問題ありませんか?

みたいなことをひと通り確認して、そのあとたわいのない世間話をして終わるくらいの慣れたものだった。

ただ途中、僕のからだがほんの少しだけ「傾いた」ように感じた。

でも僕は最初、

あ、まためまいか。それか腰の力でも抜けたのかな?

くらいにしか思ってなかった。

けどそのあと相手のひとが、

今、揺れました?

なんて言うから、

そっか。地震なのか

とそのとき初めて思った。

でも僕も向こうもそれだけで、また少し話を続けてから、次回の日付を確認してその場は終わった。

そして、僕はひとりになった。

「なにが起きているのか」に気付いたのは、そのさらに数時間後だった

僕はもともと、ほとんどテレビを観ない。情報収集と娯楽を兼ねたネット(パソコン)はよく見てたけど、お客さんが来てるときはそれもない。だからこの時点で、僕はなにも知らなかった。

そして僕は、ひとと話すのと四つ這いの姿勢を保つのに疲れて、ひとりになったあとしばらく横になった。だから僕は、それから数時間後、家族が帰ってきて、

テレビ見てごらん!大変なことが起きてるんだよ!

なんて言われるまで、ほんとになにも知らなかったんだ。あのときの僕は、「世界一のんきなバカ」だったかもしれない。でも、テレビを点けて、やっと事態を把握した僕が最初に思ったのは、

助け合わなきゃ……

ということだった。

でもそれと同時に、

自分があそこにいたら、あの場所がここだったら、自分は確実に死んでたな……

とも思ったんだ。

「非常時には障碍がよりはっきりと現れてくる」という当たり前すぎる事実

その後、日本は世界中のひとびとの協力もあって、一応「復興」した。少なくとも、一時は当時の首相すら

まさに東日本が壊滅する、そのぎりぎり

だと思っていたらしいのに、その年のうちには当時の野田首相が、

発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される

と記者会見して、今や大多数のひとたちは1年に1回くらいしか思い出さなくていいくらいのできごとになった。そして、あと4年もすれば東京オリンピックが開催される。

Let me assure you, the situation is under control

って安倍首相は言った。

でも、もちろんすべてが元通りになったわけじゃないし、あの日に突きつけられた「現実」の重みは、今も変わらない。そしてそれは、「非常時には障碍がよりはっきりと現れてくる」という当たり前すぎる事実だった。

それにそれは、死亡率にもはっきり表れた。そして、やっぱり僕は思う。

もし、「その日」がここにやってきたら、僕はたぶん死ぬことになる

って。

別に僕は「自殺願望」があるわけじゃない。でももしそれが「ここ」で起きたら、僕が生き延びられるのだろうか?生き延びられたとして、逃げられるのだろうか?逃げられたとして、避難先で暮らしていけるだろうか?そのひとつひとつの「障碍」を考えると、それを乗り越えられる自信は、今のところほとんどない。

だから僕は、

その日が来たらしかたがない

と思ってる。もしかしたら、生きられるのかもしれない。自分が思ってもいないくらい、うまく行くのかもしれない。でもそうならないことだって、覚悟はしておくのが当然だ。そしてその確率は、他のひとたちよりずっと高い。

みんなは、どう思う?

これは「最初から諦めてる」わけじゃない。ただ、「確率」の問題をしてるんだ。地球が生きている限り、地震は「いずれ必ず」起きる。そして、僕も生きている限り「いずれ必ず」死ぬ。だったら、もしかしたら、「その日」が来たときには、ジタバタしないで黙って死んだほうがいいのかもしれないとも思う。だって、必死で逃げたって、助からない確率のほうがずっと高いんだもん。でも、それは「あの日」を生き残ったひととして、必死に生きようとして失礼な気もしてるんだ。それに、いざ本当にその日が来たら、「黙って死ぬ」なんてやっぱりできない気もする。結局、その日にならないとわからないんだろう。

でもやっぱり、

もし、「その日」がここにやってきたら、僕はたぶん死ぬことになる

っていう気持ちは、どうしても消えないんだよ。それは僕がおかしいのかなぁ。それにいろいろ「障碍者と震災」とかって調べてみたけど、その情報とか提言って、あの日の直後はそれなりにあったんだけど、今はもうほとんどないんだよ。いや、あるにはあったとしても、それがみんなで共有されているとは、とても思えないんだ。でもそれは僕の調べが足りないだけで、実際には僕の知らない「希望」がいっぱいあるのかもしれない。だからとりあえず僕の参考にした情報なんかはいくつかリンク張っておくから、よかったらみんなも一緒に考えてみてくれたら嬉しいな。ねぇ、それでみんなは、どう思う?

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