ようこそ。はじめまして、四つ這いおとなです。
一般的には、「四つ這い」っていうのは何歳で卒業するものなのだろう?今少し調べてみるとだいたい1年(12か月)前後で四つ這いをすることはなくなっていくんだって。でも、僕はまだ四つ這いをする。これからもずっと卒業することはないだろう。それは、僕が歩けないからだ。僕はそうやって、生まれてから20年以上生きてきた。だから僕は「四つ這いおとな」だ。
自分のからだについて医学的な説明をすることはそんなに大切なことじゃないと思うけれど、まずひとつ言えるのは僕が「脳性麻痺」という状態になっているということだ。だから僕が歩けなかったり、手もあまりうまく動かせなかったり、その他いろいろな制限を受けているのは、基本的に全部生まれつきなんだ。
だけど、赤ちゃんのころからそんなに変わらない自分のからだの機能とは関係なく、「アタマ」のほうは成長に伴っていろいろなことを把握するようになる。そして、年を追うごとにいろいろな「人生経験」も積み重なっていく。そうするとそのなかにはもちろん多くのひとたちと大きくは変わらない経験もある。でも、「四つ這いおとな」だからこそ経験できたようなこともたくさんあると思ってる。
僕は1日の大半を家で過ごしているし、たくさんの日本人がやっているように「会社勤め」をしたり、農家みたいな「肉体労働」をすることはまずできない。かといって、数字や理系の技術に対する適性もなさそうだから、「プログラミング」とかで誰かの役に立ったり、生計を立てていったりするのもまず無理だ。そもそも、あまり興味や情熱が湧かない。
じゃあ自分にできることはなんだろう? そう考えてすぐ浮かんだのが「文章を書く」ことだ。僕はちいさいときから本を読むのも好きだったし、誰かの話を聴くのも好きだった。だから、文章を書くのは苦じゃない。手や指は疲れるし、時間はかかるけれど、なにより楽しい。だって、それでひととつながれるから。そして、部屋にいても、横になっていながらでも書ける。自分のペースで続けられる。うん、けっこういい感じ。
世間ではこうやってネット上で文章を書いているひとを「WEBライター」とか「ブロガー」とか言うらしい。そして、そこから生活費を得ているひとだっている。僕も今までは、そういうひとたちの「読者」だった。じゃあ今度は、自分が「発信者」になってみたっていいんじゃない?
それで今日、このサイトを立ち上げた。ネットで文章を書いたり、なにかを発信したりしてるひとは、僕以外にも数えきれないほどいる。でも、「四つ這いおとな」のキャラクターなら、そんなにかぶらないんじゃないかな?それに、自分も今までいろいろなひとの文章を読んだり行動を見たりしてきたけど、
自分の言いたいことと完全におんなじだ!
みたいなひとは、まだ見つけたことがない。それなら、自分の思ってることは、自分が言ったっていいはず。というか、言わないと誰にも伝わらないままになる。
それでも別に自分が困ってないんならまだいいのかもしれない。でも今の社会は、今の自分の状態は、自分から見てまだまだ直したいところ、変えたいところだらけだ。でも、他のひとは自分の悩みで精いっぱいだろうし、「有識者」とか「専門家」は、自分の「代弁者」じゃないし、そもそも僕ひとりのことなんかにかまっていられないだろう。
だから、自分のために自分でできることは、自分でやるのがいちばんだ。僕にできないことはたくさんあるけれど、せっかくできることだってあるんだから、それをしてみようと思う。
その結果この『四つ這いおとな』がどうなるかは、まだわからない。でも、うまく行かなくたって始める前に戻るくらいなもんで、たいしたことじゃない。時間だけはそれなりにあるし。だったら、やらない理由はないよね?
だからまず、今日その一歩を踏み出してみようと思う、じゃなくて、一手を指してみようと思う。この文章が最初に誰かの目に留まるなんてまだまだ先のことだとは思うけど、なにはともあれこれからひとつ、よろしくお願いします。

コメントをどうぞ
しっかり伝わっています
さなぎさん、こんにちは。
しっかり読んでくださって、ありがとうございます。
四つ這いおとなさん、
ブログ1周年、おめでとうございます。
貴方がこの1年間紡いできた言葉の花々、
言葉を生み出した貴方の日々、ひと息ひと息に、祝福がありますように。
お互いに、自分を愛し、ひとを愛し、世界を愛し、いのちを大切にして、共に生きていきましょうね。
昨日は暗い土の底で凍え縮こまっていた虫たちも目覚めて穴から這い出してくるという啓蟄でしたね。ぽかぽか陽気に安心して出てきたと思ったら、今日は冬型の天気で厳しかったことでしょう。再び深い穴の底に潜ってしまい、もう二度と地上になんかに出てこない虫もいるかもしれません。
でも…確実に、春はもうそこまで来ています。
寒い日はこれから何回もあるかもしれないけど、春を押し戻すことはできません。
明るく、暖かく、色とりどりのお花のいい香りがする優しい春の地上は、何物にも代えがたく素晴らしいものですよね。
いのち喜び歌う春。
貴方の歌を、私はこれからも、この地上で聴いていたいです。
小夜子さん、こんにちは。
あ、1年経ったんですね!
冗談ではなく、あなたのコメントを読んで気がつきました。
そこにこんな美しい歌のような祝福を重ねてくださって、ありがとうございます。
ここはこれからも僕の想いと心の動きを記録する「僕のための場所」ではありますが、それが少しでもあなたにもなにかいいものを生み出しているのだとしたら、こんな素晴らしいことはありません。
しあわせとは、こういうことを言うのでしょうね。
心に春風を吹かせてくださって、ありがとうございます。